第四話 「うーん・・・困ったなぁ・・・・・・」 ハルルの樹の下に座り込み、は枯れかけてしまっているハルルの樹を眺め続け、何度目かの溜息を落とした。 ハルルの街に本来あるべき結界魔導器も発動しておらず、今のハルルはいつ魔物に襲われてもおかしくないといった状況だった。 けれども、ちょうど巡礼に来ている騎士がたまたまこの地に滞在しており、幾分かその脅威は薄れているが街の人々の多くは恐ろしくて仕方が無いといった表情を浮かべていた。 そんな中、全く緊張感の無い様子では落胆の声を上げながら地面に寝そべる がこのように何の緊張感を持っていないのも理由があり、もしも魔物が襲ってきたとしても自分だけは助かる自信があったからだ。 襲われそうになったら、いつもどおり使役の陣を使いさえすればすべて解決する 人助けをするつもりは全く無かった ただ、ハルルの樹の下で誰かが果てることだけは避けたかった。ハルルの樹は自分にとってとても大切な樹であり、ギルドにとってとても大切な樹だ。 もし人の血が染みて根を腐らせてしまったりしたら。と思うだけで身の毛がよだった。 だからこのようにして寝転がり、なんでもない風を装ってハルルの樹を護っていた。 の耳に魔物の声が聞こえた。声を聞き、おおよそどのあたりに魔物がいるのか把握したは寝返りをうつ。間もなくこのハルルを襲ってくるだろう魔物たちに思いを馳せた。 ハルルの街に悲鳴が響いた。それから間もなくして力強く立ち向かう雄たけびに似た声が聞こえる。 重そうな金属音が耳に届き、騎士団が動いているのだろうとわかった。 騎士団が動いているなら果たして『魔狩りの剣』の者たちは動いているのだろうか 「ちょっと!あなた!」 慌しく聞こえた複数の足音に目を向けてみると、カウフマンが小さな子供たちを率いてハルルの樹の元へと避難してきたらしい。 声をかけられたはすぐに上体を起こして地に座る。 「どうかしましたか?」 「魔物がハルルを襲ってきてるの!」 「はい、知ってます」 「『魔狩りの剣』はさっき街を離れてここにはいないの! 今、騎士団の奴らが応戦してくれてる。ちょっと癪だけど貴方の力を使って魔物を鎮められない?」 「出来なくも無いですけど・・・・・・」 は頼んだ人物がこのハルルの人であったら問答無用で断っていただろう。 ギルド『蒼空の配達』の仕事は手紙運びを中心とする運送業 魔物を退治したり人を守ったりする仕事は他のギルドの担当であるはずだ けれども、よりによってに頼んできたのは『幸福の市場』社長のカウフマン 断るのは実に容易いかもしれないが、これが原因で『蒼空の配達』がブラックリスト入りを見事に果たしてしまいギルドの立ち居地が悪くなってしまっては首領に申し訳が無い 迷いに迷ってから仕方なく立ち上がった。 「わかりました、出来る限りやってみます。」 ハルルの樹の元から離れて改めて現状を見ると、街の中へ僅かに魔物が入り込んでいる その魔物だらけの中で際立って剣を振るいその勇猛さを見せ付けている騎士がいた。 はあれがこの騎士団の首領だと判断して彼に声をかけた。 彼の名はフレン・シーフォといいが魔物をどうにかして街から遠ざけてみると告げると笑顔を浮かべて援護をする。と快く受託してくれた。 は街を出来るだけ一望できる高い場所を探し ハルルの街全体とハルルに近づきつつある魔物の数を確認した。 その予想以上の多さに冷や汗をかく、カウフマンの頼みを聞かずにいたらおそらくこのハルルだけでなく自分も無事ではすまなかったかもしれない。 意識を右手に集中させた。 デイドン砦など比にはならない量の魔物だ 手を抜いたら失敗する。 息をゆっくりと吐き、右手の甲が光り始め徐々に光を増していく 自分の足の力までもがその右手の光に飲み込まれてしまうかのように、足の力が抜ける。 けれどもここで、足の力を抜いてしまっては意味が無い 力に負けてしまう 己の体力が削られていくのが感じられ鳥肌が立つ これ以上は無理だ、という限界ラインを感じは閉じていた目を開けて叫んだ 「魔導器最大出力展開!使役の陣!」 光が空へと舞い上がり、弾けたと同時に巨大な魔法陣が空へと描かれていく それはまるで結界魔導器のようにを中心に空へと広がった 焼け付く右手の熱さには必死に耐えた。 空に陣が描き終えられたと共に魔物の声が恐ろしいほどぴたりと止んだ 急に動きを止めた魔物たちは、歌を歌うかのように遠吠えのような声を口々に上げた その轟きがハルル中を響かせ、剣を持つ騎士もその異様な光景に思わず手を止めていた。 「戻れ、ここはお前たちの住む場所じゃないよ」 肩を上下し、疲れきった表情の中は笑顔を向けて魔物たちへ呼びかけた その声が届いたのか鳴くことをやめた魔物たちは踵を返して森へと帰っていく 何が起こったのか理解できていない騎士団の者たちは魔物を追いかけるべきか、追いかけずに留まるべきかと統率が乱れ始めていた。 それにいち早く気がついたフレンは己の剣を空へと掲げた 「脅威は去った!我々の勝ちだ!」 答えるように、今度は騎士団たちの勝鬨の声が響き渡る 急に終わった長かった戦闘に息をついてフレンは部下の様子を笑顔で見つめてから血を振るい剣をしまった。 空を見上げると魔法陣はいつのまにか消え去り、青い空と白い雲が広がっているだけだった。 「フレン小隊長!」 すぐさま駆け寄ってきたのは、フレン小隊に所属しているソディアというこの隊の副長だ。 フレンの前に立つとすぐに敬礼を取る。 「ソディア、負傷兵の手当てをするように指示を」 「はっ!」 指示されてすぐにソディアは無駄なく動き、フレンはこの戦いを終わりに導いてくれたであろう少し前に話しかけてきた赤い帽子の女の姿を探した。 あれほどの術式が使えるのならば、かなりの力を持った魔導士でもしかしたらハルルの樹を治すことが出来るのではないかと思ったのだ。 それより何より、この戦いを終わりに導いてくれたことの礼を言いたかった。 空に描かれていた陣を思い出しながら、フレンは中心だった地へと足を速める。 急がなければどこかに行ってしまうかもしれない。 けれども、フレンのそんな思いは杞憂だった。彼女は動かずそこにいた。 正確に言えばその場に倒れていた。 フレンは目を見開きすぐさまの元へと駆けつけて彼女の体を抱き起こす。 額には汗が滲み酷く顔色が悪い 脈はあり胸が上下しているのでただ気を失っているだけだとわかったが 心配性であるフレンはすぐにを抱えて人のいる所へと降りていく フレンに抱えられたを心配そうにハルルの街の人々を見つけてフレンは宿屋の一室を貸して欲しいと頼み込んだ。 その声を聞いて飛んできた宿屋の主人はの様子を見るや否や、好きなだけ使ってくれ!と快く承諾をしてくれた。 宿屋の寝台にゆっくりとを下ろし、気を利かせて宿屋の主が持ってきてくれたタオルで額の汗をぬぐってやる。 自分たちさえも助けてくれた恩人を置いて離れることに、何度も後ろ髪を引かれる思いだったがフレンにはまだ部下の状況を把握しなければならないという義務が残っている。 「部下の様子を見たら、すぐに戻ります。」 意識を失っているへはその言葉は届かないが、なんとなくフレンにはそういっておきたいという気があり に敬礼をしてから、部屋を出る。 寝台に横たわる恩人の姿に扉を閉める前に目礼をし、そっと音を立てないようにして扉を閉めた |