第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第三十一話

グラシアと別れを告げたユーリたちはトリム港を出発した。
港を出るとすぐに、魔物の甲高い鳴き声が響き渡り ユーリたちはすぐに戦闘態勢へ切り替えた。

けれど、いつまで経っても魔物は姿を現さず
どうなっているのかと思った矢先。大きな影が足元に暗闇を落とす

リタはすぐさま魔術を唱え始めて、頭上に現れた翼を持つ魔物――グリフィンに狙いを定める
空を飛ぶ敵であるならば、魔術で対抗するのが最善だ



「ちょっ・・・・・・!リタ、ストップ ストップ!」


グリフィンから聞こえてきた静止の声も空しく、リタは火の魔術ファイアボールを放つ
まさかそのまま放ってくるとは思わず、グリフィンの上に乗っていたは慌てて避けるように指示を出した。
指示を聞いてすぐに大きな翼を羽ばたかせ、風を巻き起こし ぐん、と高度を上げて魔術をかわした。

リタから第二発目が飛んでくるより先に、はグリフィンを降下させて地上に降り立った。
グリフィンの背から飛び降りて冷や汗を拭う
たいした攻撃ではないとはわかっているが、仲間からいきなり攻撃されるなど心臓に悪すぎる



「リタ・・・・・・わかってて撃ったでしょ・・・・・・」

「不可抗力よ。本当に魔物が襲ってきたんだと思ったんだもの」


「やっぱり、ハルルで花びら貰ってくればよかったかなぁ」




グリフィンの羽毛に覆われた体を撫でながらは誰かに尋ねるように自問自答をする。
リタの後から追いついてきたユーリはグリフィンを珍しげに見始める
そして、そんなユーリの足元にいるラピードはラピードでグリフィンを警戒しているのかいつもと比べて目つきが鋭い
ユーリが警戒しているラピードに声をかけて宥めるが、どうもラピードは素直にグリフィンを受け入れられないようで短剣こそ咥えていないが 今にも唸り声を上げるかのように毛が逆立っている



「大きいですね・・・・・・」




グリフィンはエステルの想像を遥かに越えるほどの大きさをしていた。
これならば5人と1匹は楽々と乗ることが出来ると思うが、魔物として対峙していたらと思うと恐ろしい大きさだ。
がそのグリフィンを犬や猫と同じように撫でてやっている様子を見るととても大人しいのだと
わかるのだが、大きな魔物だという恐怖は拭いきれない

楽しみだ、と言っていたエステルもこのグリフィンを目の前にしては恐る恐ると近づくのが精一杯で
カロルなんて顔が真っ青になって今にも倒れてしまいそうだ。




「カロル、顔色悪いよ」

「どうしたんだ、カロル先生。ビビって乗れそうにないか?」


「そ、そうかな?全然 へ、平気だよ!」



言葉とは裏腹に、カロルの足は後退していく。
予想どうりのカロルの反応にユーリは手のつけようが無いと肩を竦める。
確かに、が遅れた分を取り戻す為に魔物を呼んでくると言ってはいたが
ここまでの大きさがある魔物がやって来るとはユーリにとっても予想外だった。
全員が乗る事が出来る魔物といえばこのような形になってしまうのは仕方の無い事なのだが。





「こいつ、ホントに大丈夫なわけ?」


「魔導器の力で制御されてるなら、大丈夫に決まってるでしょ?」





自身が例え分かりえない術式によって組み込まれた物であったとしても
魔導器の力で制御されている魔物と知っていれば、リタにとって怖いものなど無い。
グリフィンから一歩以上離れた位置で様子を窺い続けているユーリたちの横を抜けて
の隣に立ち、グリフィンの頭をそっと撫でてやる。
リタに撫でられるのが嬉しいのかグリフィンは目を細めて甘えた声を出している



「ほら、ね。」

「あー、あのさ・・・・・・すっごく言い難いんだけど」

「何よ」



リタはグリフィンを撫でる手を止めて、視線を彷徨わせているに向かい合う。
次の言葉を急かしてもは唸るばかりで、言葉に出すのを渋っている。
いったい何をそこまで躊躇う必要があるのだろうか。



「言いたいことがあるなら、はっきり言ったら?」

「その・・・・・・魔物一号とは服従の陣で今は契約を結んでないから
 普通のどこにでもいる魔物と一緒というか 野放しの放牧状態の魔物というか・・・・・・」


「先に言いなさいよ!」



つまりは、魔物一号ことグリフィンは野生の魔物と同等でに慣れているだけといった状態なだけらしい。
魔導器によって制御されていないので暴走すれば制御する事は出来ない
突然襲ってこられたら倒す以外は方法は無い。そういうことだ。

それを知ったリタはすぐさまグリフィンから距離を置き、再び近寄ろうとはしなかった。




「だ、だからー!大丈夫だって!さっき、リタが触っても平気だったでしょ?」


「ま、いつまでも うだうだ言ってられねぇか。」



一息ついて、ユーリは諦めたようにグリフィンに向う。
近づいて見て見ると尚の事グリフィンの大きさが実感できる。



「で、どうやって乗るわけ?」

「翼の付け根を掴んで、前足を踏み台にして登って。」


「ゆ、ユーリ!本当にこれで行く気!?」



の言うとおりに行動し始めるユーリをカロルが慌てて止めに入る。
けれども、ユーリにはその声が届いているのかいないのか
それとも聞こえているにもかかわらずユーリがわざと無視を決め込んでいるのか
ユーリは軽々とグリフィンの上へと登ってしまう。



「ほら、皆も急げよ。」



ユーリが言うなら本気でグリフィンに乗って行く事になるのだろう。
エステルとリタそれにカロルは互いを見合わせて、どうするべきなのか決めかねている。
グリフィンに乗ってカルボクラムに向うことが一番早い方法だとは頭では分かっているのだが
いざ乗るとなると話は別だ。空を飛ぶというのもなんとなく恐怖感がある。

そんな中で、一番初めに動いたのは今までグリフィンを警戒し続けていたラピードだった。
助走をつけて飛び上がり、グリフィンの上に着地するとユーリのすぐ傍にその身を伏せたのだ。



「わ、わたしも乗ります!」


ラピードに負けてはいられない。とエステルは意を決してグリフィンに近寄る。
その足取りは緊張しているのかぎこちない。



「あー、もう 仕方ないわね!」




歩き出したエステルを見て、リタは諦めがついたのか
唐突にカロルの腕を無理やり引っ張りグリフィンへと向っていく。
いくらカロルが喚いたところでリタはその腕を放すことは無かった。
それどころではなく、ゆっくりとした足取りでしか進まないエステルの手首を掴んで勇ましく歩いていく




「おー、リタ!頼もしい!」


「馬鹿言ってないでカロル乗っけるわよ。」


「ぼ、ボクから!?」



自分を指差すカロルに、が頷きその背を押して勇気付ける。
カロルは恐る恐るとグリフィンの前足に足をかけ、差し伸ばされているユーリの手を取り
よじ登るようにしてグリフィンの上へと登った。
次にエステルとリタが続いてグリフィンの上へと登り、最後にが慣れた調子でグリフィンの上へと登った。
普段は広々としたグリフィンの背もこれだけの人数が乗れば狭くも感じる。
グリフィンの首に跨ぐようにして足を下ろし、は後ろに乗るユーリたちを振り返った。



「飛ぶから、落とされないように適当にしっかり掴まってね。
 飛んでる間は安定してるから上昇時と下降時にだけ揺れるから注意してね」


各々がの言葉に頷き、上昇の揺れに備えるのを確認してからはグリフィンの首元を優しく撫でる。


「ちょっと重いかもしれないけど、よろしくね」


「キュオオオオオオオオ」



答えるように大きく鳴いたグリフィンは、翼をはためかせ地上に風を起こす。
2・3度羽ばたくと地から足が離れ、独特の浮遊感が襲ってくる
グリフィンはそれでも羽ばたくのを止める事はせずに、風を詠み高度をぐんっと上昇させる。
後ろの方でなにやら悲鳴が聞こえたが乗っている人数は減ってはいないので大丈夫だろう


いつもと同じ高度になると、グリフィンは羽ばたくのを止めて風に乗って飛行し始めた。
時折翼を動かして軌道を修正するだけでが言ったとおりとても安定している。



目指すはカルボクラム


 

inserted by FC2 system