第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第三十話

「聖なる活力、ここへ―――ファーストエイド」

エステルは魔物から振り落とされて竜使いに救われたグラウスの怪我を癒した。
治癒術によって痛みが無くなり、グラウスはゆっくりと上体を起こす


「まだ動いちゃだめです!」

「ギルドの仲間がトリム港にいるの。その子に危ないって知らせないと・・・・・・」


エステルが制してもグラウスは立ち上がる事をやめない
トリム港にいるギルドの仲間、まさか と思い、はゆっくりと歩を進めてグラウスの前に姿を現した。



「私なら平気です、先輩」

ちゃん!よかった!よかったー!」



グラウスは急にに飛びつき強く抱きしめる。
慌てては離れようとするが、グラウスが急に泣き出してしまい
このまま引き剥がすのは酷だと考えて背中を叩いて宥める事にした。



「貴方に何かあったらどうしよう、って!
 もし、竜に襲われでもしていたら首領になんて言えばいいか、って!」

「そ、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ!」



言葉を返すと再びグラウスは声を上げて泣き始めてしまう
どうしよう、とエステルに助けを求めるがエステルはにこにこ笑うだけで気がついていない

そんな様子を見かねたユーリが肩を竦めてから立ち上がりトリム港の方角を指差した



「いったん港に引き返すか。このままじゃ、進めないだろ」

「そうしてくれると助かるかな・・・・・・・先輩一人で港に行くのは危険だろうし」


は快く同意をし、エステルも異存は無いようだ。
リタとカロルはユーリがいいのなら、と消極的で決定権をユーリに委ねる



「んじゃ、決まりだな」



















トリム港で宿屋の一室を借り、いったんグラシアを休ませる事になった。
泣き疲れたのか、グラシアはぐっすりと眠りについている


「それにしても、ラゴウの屋敷で竜使いはに攻撃なんてしてこなかったのに
 どうしてこの人の魔導器を襲ったりなんかしたんだろ」


空いているベッドに座り、足をぶらぶらと動かしながらカロルはグラシアの右手についている壊れた魔導器を指差した。
魔導器の魔核は砕け散っていてもう使い物にはならないし、解析も不可能だ。



「うーん、それ 私も引っかかってるんだよねー。
 私と先輩は同じ魔物科だから、魔導器の術式や仕組みは同じはずなんだけど」


「“魔物科”って、なんです?」


グラシアのベッドのすぐ隣の椅子に腰掛けていたエステルはカロルの隣に座るを振り返って尋ねる。
そういえば、まだ話していなかったか。とは頭をかき解説を始める



『蒼空の配達』には魔物を服従させて仕事をする魔物科と滑空魔導器の力を使い魔物の力は使わずに仕事をする魔導器科があるのだ。

魔物科でも魔導器科でも共通して利き手の甲に魔導器を埋め込んでいる。
その性能は2科の間で差はあるが、同じ科の中での性能差は全く無い

ぱっと見たところでは、魔物科なのか魔導器科なのかわからないと思うかもしれないが
2つの科では階級分けの仕方が異なっており、魔物科ではリボンによる階級分けを魔導器科ではチョーカーによる階級分けが行われている。
それによって、リボンをしていたら魔物科 チョーカーをしていたら魔導器科だという判断が出来る。


「ちなみに、SUとしての仕事は魔物科も魔導器科も行ってるから情報買うならどちらからでもどうぞ
 魔物科と魔導器科についてはこんなところかな」


「魔物科とかについてはわかったけど どうして襲われたか わからないわけ?」


火の点いていない暖炉に凭れながらユーリがに目を向ける
その問いかけに、は頷いて答えた


「コレばっかりはさっぱり・・・・・・」

「魔導器が壊れてなかったら、あたしが解析できるんだけどね」

「あとは・・・・・・先輩なら、何か知ってるかも
 とりあえず、私はカルボクラムに行くのに遅れた分を取り返す為に街の外にうちの子呼びにいってくるね」

「うちの子って、もしかしなくても魔物?」



ベッドから立ち上がり颯爽と部屋を出て行こうとするにカロルが恐る恐る尋ねる。
振り返ったは親指を立てて笑顔を作った



「さっすが、カロル先生!冴えてるねー!」



「無理だよ!魔物に乗るなんて!」

「大丈夫、怖くないよー。ちゃんと言う事聞いてくれるいい子たちばっかりだから」


手をひらひらと振って気軽に言うが、言う事を聞くと聞いても魔物は魔物
下手をすれば先ほどのグラシアのように魔物が言う事を聞かなくなったら振り落とされる事だってある


じゃないんだから無理だって! エステルも無理だと思うよね!」

「そうです?わたしは楽しそうだと思いますけど・・・・・・・。ね、リタ」

「仕組みがわからない術式で服従させている魔物っていうのはあんまり安心出来ないけどねー」


淡々と言い切るリタに、エステルは肩を落として逆にカロルはガッツポーズを浮かべる
だが、次の瞬間にはリタはニヤリと嫌な笑みを浮かべていた。



「それ以上に魔物に乗るっていう貴重な体験はしてみたいわね」


「カロル、諦めも肝心だぞ」

「ユーリはいいの・・・・・・・?」

「歩く手間も省ける、早く着く。いいこと尽くめだしな」


くつくつと笑うユーリが味方してくれることは望めそうにはない。
カロルは溜息を吐いて蹲った。


「そこまで嫌ならやめておこうか?」



魔物は本来、恐怖の対象で討伐すべき敵だとでもわかっている。
魔物が嫌いという人は沢山いる、それにカロルは『魔狩りの剣』のメンバーのはずだ
『魔狩りの剣』といえば、魔物に何らかの恨みを持っている人々が多い
それならば、魔物に乗る事を拒絶しても当然だ。



「ううん、平気・・・・・・だよ、多分」


「本当に大丈夫?」

「うん」

「ありがとう、カロル
 それじゃあ私、行って来るね エステル、先輩をお願い」

「はい! も気をつけてくださいね」



手をひらりと振ってそれに答えて、は宿を後にした。


















それから間もなくして、グラシアの目が覚めた



「あ・・・・眠ってしまってたんですね、ごめんなさい」

「謝らなくても大丈夫です。それより、体調はどうです?」


「かなり楽になりました。ありがとうございます
 それより、あの・・・・・・はどこに・・・・・・・?」



部屋の中を見渡してもの姿はどこにも無い
助けてくれた恩人の面子はそろっているのにただ一人、がいないだけでグラシアの心はざわついた

けれど、エステルが街の外にいることを告げると安心したのか落ち着いた表情を見せた。



「そういや、アンタに聞きたいことがあるんだけどいいか?」

「はい、なんでしょうか」

「竜使いが何でアンタの魔導器だけを狙ったのか、わからない?」



直球ストレートな質問にグラシアは目を丸くさせて、エステルが慌ててユーリを咎める
もう少し遠まわしに聞くことは出来ないのかと言ったところでユーリには通じない
ぐだぐだ言っていても時間の無駄 それなら直球で尋ねた方が手っ取り早いといったところらしい



「そう、ですねー・・・・・・
 あ、もしかしたらちゃんとアタシとでギルドに加入した時期が違うからかもしれません
 ちゃんは7年前にギルドに入ってきたんですけど、アタシはもっと前からいたし
 何かしら構造に差があるのかもですね。
 この魔導器の製造は全て首領が創ったものだと聞いてますので詳しい事まではわかりませんが」

「魔導器を創った・・・・・・・?」



椅子に腰をかけていたリタは不意に立ち上がり、グラシアに詰め寄った。
魔導器は現在の技術で確かに創る事は出来ると言われている
けれど、あんな術式で動く魔導器など見たこともなかった



「あれ?皆さん、もしかして・・・・・・・
 首領が人魔戦争で魔導器の兵器開発を行っていたって知りませんでした?」



かなり有名な話なのですが。と続けてもユーリたちは首を傾けたり互いを見合わせたりで
誰も知らない情報のようだ。そもそも、首領がどんな人物なのかすらわからない




「そうですかー、知りませんでしたか
 ・・・・・・そうですよね、ギルドの方ではなかったらあまり興味は湧かないですしね。
 他になにか聞きたいことってありますか?」


「いや、特にないけど アンタはこれからどうする?」

「トリム港なら何かとギルドメンバーが来る事 多いですから
 ここでギルドメンバーが来るのを待つか、ダングレスト行きの龍車にでも乗って戻ろうと思っています。」

「それじゃ、オレらがいなくても もう大丈夫だよな」

「えぇ。本当にお世話になりました。
 セルディークに来た時には、恩返しがしたいので声をかけてくださいね。」



「セル・・・・・・・ディーク・・・・・・?」


ダングレストというのはギルドの本拠地であるとは聞いているが
セルディークなどという名前は聞いたことが無い
いったいどこの事だろうと思っているとカロルが得意げに口を挟んでくる


「セルディークは『蒼空の配達』の本拠地だよ
 滝の中にある街で、凄くキレイな所」

「へー・・・・・・カロルは行った事あるのか」

「い、いや・・・・・・ボクは話に聞いただけだから」



つまりは、カロルも行ったことはないらしい。
滝の中にある街と聞いたところで想像が全くつかない
あの流れ落ち続ける水の中に街を建てることなど、どう考えても不可能だ



「ダングレストからセルディークへのゴンドラがあるので
 それを使って行けばすぐに着きますよ」

「それなら、機会があったら寄らせてもらうか」

「はい、皆さんのお越しをお待ちしております」


 

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