第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第二十九話

トリム港を出て西へと進みカルボクラムを目指していた。
結界魔導器に守られていたカプワ・トリムの外にも魔物は溢れており
襲い掛かってくる魔物は全て排除しながらの歩みとなるので距離的にそう遠くなくとも
カルボクラムへの道のりは遠いものに思えた

今度もまた、道中に出会った魔物を退治し終え襲い掛かってきた魔物はエアルへと還っていく
そんなありきたりとなってしまった様子を痛々しげにエステルは眺めていた。
目を伏せて手に持っていた細身の剣をしまうと己に投げかけるようにして呟いた



「このあたりも、魔物が沢山いるんですね・・・・・・」


「そりゃ魔物なんてどこにもいるわよ。」



服の裾についた土埃を払いつつ、リタは当たり前だ。といった
結界魔導器に守られた世界の外に出れば必然的に魔物に会う機会というのも増える
本来ならば結界魔導器の外に出て旅をするなら騎士団の護衛やギルドの傭兵を雇うのが主流となっているが
武醒魔導器を身に着けている一同にはそんなものは必要ない。といったところだ



「魔物一号が来てくれたらカルボクラムなんて、ぱぱっ!と着くんだけどなぁ」



青く澄み渡った空を見上げて、かつて帝都で分かれた相棒の事を思い出す
彼の翼があれば全員を乗せてカルボクラムへ飛ぶなど容易い事だ



「魔物一号ってなんです?」

「一番初めに服従させた魔物の名前」

「何それ、そんな名前で可哀想とか思わないの?」


「え?変かな?」



本気でこの名前でいいと思っていたにリタは肩を竦めて首を横に振り、エステルも苦笑いをしている。
二人の反応からして恐らく名前としては相応しくないと思われているのだろう。
けれども、その呼び名で定着してしまっているにはその感覚は残念ながら通用しないようで
自分でも何がおかしいのか理解しかねている。



「いい名前だと思うんだけどなぁ」


「少なくともあたしはいい名前だとは思わないけど」

「申し訳ないのですが、わたしもそう思います・・・・・・」


「うーん・・・・・・
 じゃあ、機会があったら二人で一号の名前考えてあげてよ」

「いいんです?」

「別にあたしは構わないけど、名前つけたのアンタでしょ?」



突然の申し出にエステルはきょとんと目を丸くした。
変わった名前だと言ってもが自分の魔物に名付けた名前だ。
それなりの愛着というものがあるだろうと思っていたので、まさか名前をつけなおして欲しいなどと頼まれるとは思ってもみなかったことだ。



「いいのいいの!いい名前がついたらあの子達も喜ぶだろうし」

「達・・・・・・?一匹じゃないの?」


「魔物一号は一匹だけど他にも二号とか三号とか」

「いったい何匹いるのよ・・・・・・」




まさか服従させたことのある魔物全てに魔物○号という形の名前をつけてきたのだろうか
番号管理といえば確かにわかりやすく管理しやすいのかもしれないが、どう考えても可哀想で仕方が無い。

何体いただろうか、は指を折り順に数えていき
時々思い出すのに苦戦しているのか指の動きが止まったりする
そんなこんなで全て数え上げたのか、指から目を離してにっこりと笑い



「50匹ぐらいかな」


「50・・・・・・」

「あたし、名前付けるのパス」



多くても十匹前後だろうと思っていた数を余裕で飛び越し、50という数字が出てきた
そんなに名前がいろいろと浮かぶわけが無いとリタは早々に諦め
そう言われると思っていたも苦笑いをする



「言うと思った。エステルも止めとく?」

「あ、え、ええっと・・・・・・」


「そこは断っていいのよ、エステリーゼ」

「・・・・・・力になれなくて残念です」


「気にしないでいいよ。
 50匹違う名前つけろなんて言われたら私もつけれる自信ないし!」

「そう思ってるなら初めから提案なんてしないでよねー」

「いやぁ、つい」




悪気は無いよ。といいつつも頭をかいているの表情は明るく二人を困らせる為に言ったのは明白だった。
あまりにもわかりやすい嘘なのでリタがそれを小突き、は気にした様子無く笑顔を見せる。
が飄々とリタの小言を避ける様子にエステルはクスリ、と笑みを漏らした

そんな和やかな雰囲気を破ったのは、ラピードの鳴き声だった。


「ワンワン!」


空を見上げ毛を逆立てて吠え続けている。その異様な様子に、皆が空を見上げた。



「あれって・・・・・・・!バカドラ!」



手が届く事が無い上空にカプワ・ノールで天操魔導器を破壊した竜使いが魔物を追い回しているのか旋回を繰り返している。
真っ先にその影が竜使いのものだとわかったリタは魔術を唱え始め竜使いに狙いを定める



「リタ、ちょっと待って!」



今にも魔術を放ってしまうリタを止めたのはだった。
リタは発動を止め、を見た。



「何よ!あれはどうみてもバカドラでしょ!」



上空の様子からして竜使いはこちらの存在には気がついていないように見える、今ならば絶好のチャンスなのだ。
何故、竜使いは魔物なんか追っているのだろうか
目を凝らして魔物を見てみると、なにやら魔物に乗った影が見えた。
それに気がついたカロルは魔物を指差して声を上げる


「あの魔物の上!人が乗ってるよ!」


「ってことは、魔物に乗ってる方はの知り合いじゃねぇのか?」



魔物に乗るような芸当が出来るのはユーリが知る中では『蒼空の配達』だけだ。
先ほどトリム港で会ったことを考えれば恐らく間違いは無いだろう



「なら、余計に魔術ぶっぱなさないとダメでしょ!」


「ダメです、リタ!間違って魔物に当たったら大変です!」


「じゃあ、どうすればいいのよ!」



ギルドの仲間を助けたい。その思いがの心を叩き続ける
服従解除をしてきた今、どの魔物が協力のために来てくれるかはわからないが試すだけの価値はある

はポーチから細い魔笛を取り出し、口へと咥える











―――諦めろ、貴様達は助けるべきではない命を救った これはその代償だ





低く冷たく言い捨てられた言葉が胸に突き刺さる



脳裏に甦る 深い森の緑、キラキラと光る木漏れ日
鳥のさえずりの他に聞こえるものが何も無い静寂の中で
その場に似合わない銀色の光が一つ二つ・・・・・・ぐるりとあたりを囲んでいる

父は私と母の前に立ちふさがり、言葉をかけてくる黒髪の騎士を睨んでいた
私は母の腕の中で、騎士が持つ透き通った瞳を食い入るように見つめていた











!おい、どうした!」



魔笛から口を離し、上空で攻防を繰り返している竜使いと魔物を見たまま全く動こうとしないの腕をユーリが掴んだがは何の反応も見せず、ただ漠然として見上げ続けている
肩を掴み大きく揺すぶってみてもの眼差しはどこか虚ろで魂がぽっかりと抜けてしまっているようだった。



、どうしたんです!?」



エステルがユーリへと駆け寄り、反応を全く見せないを見つめてからユーリと視線を交わした。
何が原因でこうなったのかわからず、ユーリは首を横に振るい
とにかくエステルは治癒術をかけようと魔術を唱える準備をし始めたとき


が虚ろな瞳のまま口を開いた









「何も悪い事してないのに、な」















魔物の大きな鳴き声が空いっぱいに響き渡った。
ユーリが見上げると先ほどまでずっと乗主の指示に従い続けていた魔物が急に暴れ始めていた。
上に乗った影は必死に魔物に振り落とされないように?まっているがいつまで保つかは時間の問題だった。

竜使いは魔物から一定の距離を保ち、魔物の様子を見守っているように悠々と空を舞っている



「あれ、不味いわよ」


「もしかしてさ、竜使いが槍を突き出した時に魔導器が壊れたんじゃ・・・・・・」


カロルの推測は当たっていた。
魔導器の力で制御されていた魔物は本来あるべき姿を取り戻し、背中に乗っている邪魔者を振り落とそうとしているのだ。



ついに、術者の握力にも限界がきたのか小さな影が魔物から落ち地上に勢いよく堕ちていく
これでは地面に叩きつけられて死んでしまう。
誰もが息を呑んだとき、竜使いが動き堕ちた術者を器用に竜の背で受け止めた。


ゆっくりと下降して行き、ユーリたちからかなり離れた場所に降り立った。
それにいち早く反応して走ったのはリタだ

魔術が確実に命中する射程距離に立つとすぐさま魔術を唱えて火の玉を竜使いめがけて容赦なく放つ
竜使いはリタの存在に気がついたのか、魔物に乗っていた人物を下ろすとすぐさま急上昇し魔術を避けた。



空へと逃げた竜使いに向かって、リタは吠える


「降りてきなさいよバカドラ!!アンタに壊された魔導器たちの痛み思い知りなさい!!」


そんな叫びも空しく、竜使いは西の空へと向かい消えていった。


 

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