第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第二十八話

カプワ・トリムの空は明るく、宿の外に出たは大きく伸びをした。
宿の部屋の暗い雰囲気を感じさせる事無くトリム港は活気に満ち満ちている


「サボリはっけーん」


の頭上からなにやら声がした。
日向だった自分の足元には黒い影が下り、は疑問符を浮かべながら空を見上げた。
空には自分の使っている魔導器と同じ効力で透き通った桃色の翅を使い羽ばたいている一人の少女がいた。

少女といっても年はより上で非常に大人びた顔つきをしている
と全く同じデザインの制服に身を包み胸元には桃色のリボンが風に揺れている
ふわりと翻るスカートはの物より柔らかい生地でゆったりとしたロングスカートだ

風に揺れる金色の髪を手で押さえながら、少女はゆっくりとの目の前に降り立った。




「グラウス先輩!」

「ハロー、ちゃん。白色に降格したって言う話は本当だったみたいね」


挨拶の一環として降格の話が出てきたはガクリと肩を落とした。
まさか降格の事が他人に知られている事になっていようとは・・・・・・



「先輩 それ、結構傷つくんですけど・・・・・・」

「まぁ、どんまいどんまい!降格なんて良くある話!一番下までいったら後は上がるしかないから余裕だよ!」

「あはは・・・・・・そうですね」



最下級の白より下といったらギルド脱退ぐらいしか思いつかない
そんな事態になる事はないと信じつつも、の中では不安が渦巻くのだが
楽観的に物を考えるグラウスの姿を見ても久々にあったギルドメンバーだからだろうか
少しだけ心が落ち着いたような気がした。



「先輩、ちょっと頼みたい事あるんですけどいいですか?」


「ん?別に平気よ
 とりあえず、宿屋の前じゃ営業妨害になりかねないから港の方にでも移動しよっか」





















港の潮風に二人で当たりながら海を眺めていた



「それで 頼みたい事って?」

「首領の鳥を呼んで欲しいんだ。魔導器に傷が入っちゃって呼べないから」


「魔導器に傷!?そんな無茶な遣い方するなんて・・・・・・」


グラウスは目を丸くしてからの右手をそっと握った



「さすが、ちゃんね!」



ご丁寧にウインクまでつけて満面の笑顔を浮かべられた。
心配されるのかと思ったら逆に褒められるなんて拍子抜けすぎる


ちゃんは帝都方面に配達だったよね。
 ここに来る途中にでもアスピオの魔導士に治してもらわなかったの?」


「見せたんだけど、陣魔法の方に傷が入っちゃってるみたいで治せないんだそうです」


「治せない?」


「陣魔法が見た事ない術式だから修復するにもかなりの時間がかかるって言われました」


「なるほどね。それなら首領に相談するしかないわね」



グラウスは指を口に咥えて、指笛を吹いた。
波の音に吸い込まれるように消えていく笛の音に答えるように高い鳴き声が空から聞こえてくる


「お、来た来た。」


指笛を止めて右手の魔導器に青い光を灯しグラウスは大きく右手を振った。
空で旋回を続けていた銀色の鳥は急降下をしてグラウスの腕に降り立つ

くりっとした大きな黒い眼差しがをじっと見つめてくる


「ほら、ちゃん」

「う・・・・・・は、はい
 所属SU 階級は白、名を


『自分で呼ぶ事が出来ないとはどういう了見だ』


開口一番に鳥から首領のお怒りの言葉が降りかかる。
声色からしてどこをどう考えても不機嫌であるかものすごく怒っているかのどちらかであるのは明白で
は泣きそうな目でグラウスを見るが、グラウスはにこにこと笑うだけで力になってくれそうもない。



「あ、えー・・・・・っと 以前報告した通り魔核にヒビが入ってしまい
 アスピオの魔導士に見せてみたのですがどうやら治せないと言われてしまって」


『アスピオの魔導士に魔導器を見せたのか』


「は、はい」

『誰に見せた』


「り、リタです。リタ・モルディオ」



『・・・・・・』



「あ、あのー・・・・・・首領?」



いつまでも続く沈黙、これはリタに魔導器を見せてはいけなかったということなのだろうか
焦り始めると焦りが焦りを呼び、の心の中は穏やかではなくなった。


『今はカプワ・トリムにいるのだな』

「はい、そうです」


『引き続き以前の者達と同行を続けるように
 魔導器に関しては私が診るまで極力使用を控えろ。それと、魔導士にはもう見せるな』


「み、診るって・・・・・・?」


『私が治してやると言ったつもりだったが?
 所用で本部から離れていてな、どこかで会えばの話だが』

「はい、すみません!ありがとうございます!」


は鳥へと頭を下げ、グラウスも同じように空いた手でガッツポーズを浮かべて喜んでくれた


『用件は以上だな?』


鳥が飛び立とうと、羽をばたつかせ始めてはヨーデルのことを思い出し
これは報告しておかなければと思い 慌てて鳥を呼び止めた。



「あの、もう一つだけ!
 ヨーデル殿下がトリム港にいらしております。どうやら、ラゴウ執政官により連れて来られたようです」


『ラゴウ?評議会のあの老いぼれか』


「はい、紅の絆傭兵団とも関わりがあるようで各地の魔核を集めているみたいなんです」


『・・・・・・なるほど、そういうことか・・・・・・』


「首領?」


『いや、なんでもない。ラゴウと紅の絆傭兵団のことはあまり気に留めるな』

「え・・・・・・はい、わかりました」


羽をばたつかせ、銀色の鳥は素早く空高く舞い上がる
だんだんとその姿は空の青に溶けていき次第に見えなくなっていった。



「なんだー、ちゃんはいつもじゃないお仕事専門についてたの?」


「一時的にですよ
 きっと 魔核が治ったらまたいつものように配達仕事三昧になります」

「うふふ、溜まった分の仕事を一気に片付ける羽目にならないようにね」


「不吉な事言わないでくださいよ・・・・・」



「ごめんごめん、それじゃもう行くね。」

「あ、はい お仕事頑張ってください!」


グラウスは右手の魔導器に光を灯して翼の陣を展開するとふわりと宙に舞い上がり
手を小さく振ってから飛び去ってしまった。





「あ、あれ?・・・・・・今の、のギルドの人?」


背後から聞き覚えの有る声が聞こえて、は空を見上げていた視線をくるりと半回転させる


「そうだよ、カロル」


見るといつの間にそろったのか、ユーリたちご一行が顔を見せている
飛び去っていったグラウスのことを見ていたのか、彼女の姿が消えた方へと皆の視線が集まっている



「なんつーか、あーいうの出来るのだけだと思ってたからなんか新鮮だな」


「私のやれる事が特別じゃないってわかってくれて何よりだよ」



「あの、私たちこれから北西の地震で滅んだ街というところに行くんです
 はどうします?」


「地震で滅んだ・・・・・・となると、カルボクラムかな
 あんな瓦礫と草しかないところに何か用事でもあるの?」


「怪しいギルドの一団が向かったらしいぞ」



その情報をくれた人物というのがあまり信用できるような相手ではないのだが
ユーリはあえてそのことを伏せてに必要な情報だけを伝えた


「それって、紅の絆傭兵団?」


「多分、な」


「んー・・・・・・その曖昧さが気になるところだけど わかった。ついてくよ」

「魔導器はもういいのか?」

「首領がどっかで会ったときにでも治してくれるってさ」


「それならを連れて行っても問題ないよね?」

「だな。んじゃ、行くか」




トリム港の海を背にして、一行はカルボクラムへと足を向けた。


 

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