第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第二十七話

「ありがとうございます。お蔭で助かりました」

柔らかな金髪に高貴さ漂う淡萌黄色のコートを身に纏ったヨーデルは、命の恩人であるユーリに向かって頭を下げた。
片手を挙げてユーリが返事を返すと、今までずっと黙っていたリタがこれ以上耐えられないと思ったのか
ヨーデルに向かって指を刺した





「ね、こいつ誰?」



情報屋だと知った為かリタは隣にいるに尋ねる。
話しかけられたはヨーデルを一瞥し、どこかの貴族の方であるのは間違いなさそうだと確信をする。



「こいつは失礼だよ リタ。で、誰?」



だが、残念ながら誰かまではわからないのでヨーデルと知り合いらしいエステルに話題を振り返す
エステルはどう言えば良いのか、どこまで言っても良いのかを決めかねて言葉を濁らせる
そんなエステルに助け舟を出したのはヨーデルの隣に控えていたフレンだった。



「今、宿を用意している。詳しい話はそちらで それでいいね?」



フレンの真剣な語り口調に、ユーリは黙って頷いた。
ヨーデルに一礼をしてからフレンはヨーデルと共に用意しているという宿屋へと先に向かっていった


「さてと、オレらは宿屋に向かうけどはどうすんだ?
 騎士様と一緒にいたくないってなら待っててくれて良いけど」


「できれば、後は任せた!ってことで、ギルドの仲間を探したいんだけど
 あのヨーデルって人が気になるから私もついて行くよ」


「了解、そんじゃ行きますか」























宿屋でフレンたちが待つ部屋へと入るとそこにはフレンとヨーデルの他に見覚えのある黒い法衣を着た眼鏡の老人がヨーデルとなにやら話をしていた。
部屋に入ってきたユーリたちに気がつき、その老人は顔を向ける。


「こいつ・・・・・・!」


「おや?どこかでお会いしましたかね?」




あまりにもわざととわかるすっとぼけた様子に怒りが渦巻く
リタが今にも掴みかかるような勢いで老人――ラゴウへ走り出そうとした腕をが引いて止めた。
何故止めるのか。とリタは驚きと怒りの混じった心でを見るがは何も言わずただ首を横に振った。



「船での事件がショックで都合のいい記憶喪失か?いい治癒術師紹介するぜ」

「はて?記憶喪失も何もあなたと会うのはこれが初めてですよ?」


「何言ってんだよ!」


どこまでもとぼけることを止めようとしないラゴウにリタを初めとしたラゴウの非道な行いを見てきた皆は頭に血が上るような怒りを覚えた
この状況を見るに見かねたフレンがラゴウを静かに睨みつけて口を開く


「執政官、あなたの罪は明白です。彼らがその一部始終を見ているのですから」

「何度も申し上げたとおり、名前を騙った何者かが私を陥れようとしているのです。
 いやはや、迷惑な話ですよ」



肩を竦めて首を横に振るい、ラゴウは深く溜息をついた。
まるで自分が被害者であると主張するような演技にリタの堪忍袋の緒が切れ
の手を振り払い、ラゴウを睨みつけて声が張りあげた


「ウソ言うな!魔物のエサにされた人たちをあたしはこの目で見たのよ!」


「では、貴方の隣にいる情報屋に尋ねるといたしましょう」

「え?私?」



ラゴウは評議会の人間だと知ってはいたが、情報屋だとは話していない
もしかしたら、ラゴウは船でのバルボスとの会話を聞いていたのかもしれない

『情報屋』という耳覚えの無い言葉にフレンとヨーデルは互いに眉を顰めた。
それを視界の端に止めていたは聞かれても答えないようにしようと心に決めた




「隣の方がおっしゃっている“魔物のエサになった人たち”のことをご存知ですか?」



はその問いかけに息を呑んだ。
リタの言う『魔物のエサになった』というのはユーリたちから話を聞いただけで実際に見たわけではない
それを見たというとき、自分はレイヴンと共にリタとは別に屋敷に潜入していた。
見たといえば天操魔導器のみ、ラゴウが働いてきた非道な事というものをこの目で一度たりとも見てはいないのだ。
さらに言えば評議会の人間であるラゴウからの情報とアスピオの魔導士といえど一般市民でしかないリタからの情報
どちらの方が公私混合をせず客観的に信憑性があるかといえばどう考えても前者だ。
それを知っていてラゴウはに尋ねてきたのだろう



「私は・・・・・・話に聞いただけで見てはおりません」


「つまり、正確な情報は貴方にもわからない。そういうことですね
 さあ、フレン殿 貴公はこのならず者と評議会の私とどちらを信じるのですか?」



フレンも先ほどのと同様、立場上ではラゴウの言い分を信じるしかない。
悔しそうに唇を噛み締めフレンは視線を落とした


「決まりましたな。では、失礼しますよ」


ヨーデルに対して丁寧に礼をし、勝ち誇った笑みを浮かべてラゴウは悠々と部屋を出て行った。





「なんなのよ、あいつは! で、こいつは何者よ!」

「ちっとはおちつけ。」


ついにブレーキがかからなくなりそうになったリタをユーリがなだめ
フレンが言い辛そうにヨーデルを見て考え込む

ふと、エステルが皆の前に凛と佇み口を開いた




「この方は次期皇帝候補のヨーデル殿下です」


「へ?またまた エステルは・・・・・・」



何かの冗談に違いないと、カロルはいつもの調子で笑い
それに続いて笑おうとしないユーリたちを振り返り、焦り始める


「って・・・・あれ?」




「あくまで候補のひとりですよ」


「本当なんだ、先代皇帝陛下の甥御にあたられる ヨーデル殿下だ」

「ほ、ほんとに!?」



「はい」


カロルがあまりに驚くものだから、ヨーデルは眉根を下げて困ったように微笑んだ



「殿下ともあろうお方が、執政官ごときに捕まる事情をオレは聞いてみたいね」



「・・・・・・この一件はやはり・・・・・・」


エステルが隣にいるフレンを不安げに見つめた。
フレンもエステルの瞳に移る問いかけに同意するように無言で頷いた


「市民には聞かせられない事情ってわけか」

「あ・・・・・・それは・・・・・・」


「エステルがここまで来たのも関係してるんだな」


「・・・・・・・」

「ま、好きにすればいいさ
 目の前で困っている連中をほっとく帝国のごたごたに興味はねぇ」



ユーリが何か恨みを込めたように言い放ち、部屋はたちまち静まり返った。
これで話は大方終わったのだろう
はふぅ、と息を吐くと何も言わずに部屋を出て行こうと向きを変えた




?」



突然部屋を出て行こうとしたのに気がついたカロルは当然のことながら彼女を呼び止めた。
けれども、は足を止めずにひらひらと片手だけを振り返す



「散歩行ってくるー」




その言葉だけを残して、は冷え切った部屋の扉を閉じた。


 

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