第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第二十五話

船室の扉は堅く閉ざされ、触れてみてもビクとも動かない
どうやら、内側から鍵がかけられているようだ

ユーリはカロルを手で招き、すぐに鍵開けの作業に入る

ガチャリ

予想していたより早く、扉の鍵が開く音がした
そして立て続けに扉が開く、けれどもカロルが扉に触れている様子は無く

そう、内側から開けられた というのが正しい


扉の正面に立っている隻眼の大男は、不可抗力で立ちふさがるカロルをギンと睨みつけると


「どきやがれ!」

「うわぁ!」

怒号を浴びさせて、待つより先に手が出た。
カロルは思い切り殴られて宙を舞う、このままでは甲板に叩きつけられてしまう
考えるより先に、体が動きはカロルを抱きとめて衝撃から身を守った。



「カロル、平気?」

「ありがとう 


カロルを殴りつけた隻眼の男は、じろりと船に乗せた覚えの無い面子を一瞥する
どうみても子供ばかりが集まった集団にしか見えず、隻眼の男から嘲笑が漏れる


「ラゴウの腰抜けはこんなガキから逃げてんのか」


「隻眼の大男、あんたか 人使って魔核盗ませてんのは」


隻眼の男の死角に身を潜めていたユーリが剣を突きつけ、睨み返す
どうみてもユーリが優勢となっているにもかかわらず
男は酷く冷静でむしろこの状況を楽しんでいるように笑みを浮かべている


「そうかもしれねぇな」


振り返り際に右手に持った大剣を片手で軽々と振るう
咄嗟に繰り出された攻撃をユーリは剣を盾のように構えてやり過ごし、第二撃が来るのを避けて甲板へと飛ぶ


「いい動きだ、その肝っ玉もいい。ワシの腕も疼くねぇ・・・・・・
 うちのギルドにも欲しいところだ」

「そりゃ光栄だね」

「だが野心の強い目はいけねぇ、ギルドの調和を崩しやがる 惜しいな・・・・・・」


「隻眼の大男、まさかとは思っていたけどバルボス、貴方だったとは思わなかったよ
 『紅の絆傭兵団』の首領である貴方がどうして?」


「『蒼空の配達』か・・・・・・情報屋が口出しするんじゃねぇ」



「情報屋?のギルドは運送ギルドじゃないの?」


カロルの言葉を受けて、皆がいっせいにを振り返る
『蒼空の配達』は手紙配達をする運送ギルドだとしか聞いてはいない

全員から疑いの眼差しを向けられ耐え切れずには足元に視線を落とす
まさかこのような形で、皆にばれるとは思ってはいなかった

『蒼空の配達』が本当は情報ギルドである事
その真実はギルドの中では五大ギルドの首領と幹部にしか知られておらず
ドン・ホワイトホースのお蔭もあってギルドでは最重要機密事項となっている
五大ギルドの一つ『紅の絆傭兵団』の首領であるバルボスも当然その事について知っているはずだ



「後で、全部話すよ 今は魔核取り戻すのが先決でしょ」



の言葉にユーリがそりゃそうだ。といつもの調子で頷いた



「なにをしているのです!
 バルボス、さっさとこいつらを始末しなさい!」


船室の影から出てきたのは、屋敷で見覚えのある執政官――ラゴウだった。
ラゴウの命令でバルボスが攻撃をしてくると判断し、己の武器を手に取り
なにか変化があればすぐさま戦えるような準備をする


「金の分は働いた。それに、すぐに騎士が来る 追いつかれては面倒だ
 小僧ども、次に会えば容赦はせん」



そういうや否や、バルボスは船に備え付けられている避難用の小船に乗り込んだ


「待て、まだ中に・・・・ちっ・・・! ザギ!あとは任せますよ!」


何かを言いかけていたようだが、自分の命の方が惜しいらしく
ラゴウはすぐさま小船に飛び込む
二人が小船に乗ったところで、バルボスは大剣を振るい小船を支えていたロープを切り落とし
小船は重力にしたがって海へと落ちた



、お前だけでもいいから追いかけろ!」

「ダメ、翼の陣は結界魔導器の中じゃないと使えないの 結界魔導器の外では発動できない」



「誰を殺らせてくれるんだ?」


にとっては聞き覚えの無い静かな声が船の上を流れる
小船で逃げ出したバルボスたちを追っていた目を船室へと向けると、船室の影からまだ若い男が姿を現している。


「貴方はお城で!」

「どうも縁があるみたいだな」



「刃が疼く・・・・・・・殺らせろ、殺らせろぉ!!」


双剣を構えたザギは楽しそうな表情を浮かべてユーリに何のためらいも無く飛び掛ってきた

「うぉっと」

咄嗟にザギの攻撃を剣を振るって防ぎ、ザギはその勢いでユーリの背後にあった船のエンジンに攻撃をした
ごう、と音がしてエンジン部から火の手が上がり船が急停止をした


「お手柔らかに頼むぜ」

「こいつ、狂ってるって絶対」


「さぁ、殺れるものなら殺ってみろ!」

「言われなくてもそのつもりだっての!」


ユーリがさっきのお返しとばかりにザギに向かい、剣を振るう
片方の短剣で攻撃を防ぐと、もう片方の短剣をくるりと回してユーリに襲い掛かる
舌打ちをしてユーリはバックステップで下がり、相手の攻撃を空振りにさせるが
ザギはあらかじめ避ける事を推定していたのか双剣をユーリに向かい同時に振り下ろす



「あ!そうそう、忘れてた!けど ま、いっか!―――ラッキーサプライズ!」



ユーリの目の前に魔術による障壁が現れ、ザギの攻撃が防がれる
の咄嗟の判断にユーリは片手を挙げて礼とした


「バリアが発動してくれてよかったー」


「あれって意識して使ったんじゃないんです?」


「何が出るか、やってみないとわからないんだよねぇ 正直」


「あどけなき水の戯れ―――シャンパーニュ!
 ちょっと、二人ともぼさっとしてないで前三人の手伝いしなさいよ!」


「ごめんなさい!」

「あはは、ごめんごめん」



ドン、という爆発音が聞こえ再び船が大きく揺れ火の手が勢いを増した。
前線を行くユーリたちは素早い攻撃を繰り返してくるザギ相手にしているだけで手一杯らしく
火の勢いが増したことさえも気に留められない



「ちょっと、これ 不味くない?」


が呟き、リタも同意をする


「このままじゃ、確実に沈没するわね」


「ふふふ・・・・あはははははは!」


急に上がった笑い声に、前線を見てみるとザギが喜びに満ち溢れた表情で高らかに笑っていた


「貴様、強いな!強い、強い・・・!覚えた覚えたぞ!ユーリ、ユーリ!!
 お前を殺すぞユーリ!切り刻んでやる!幾重にも・・・・・・そうだ、じっとしてろよ!
 あはははははははははは!」


「てめぇは、海にでも落ちてその狂った頭を冷やしやがれっ!」


ザギに一撃を食らわせ、その勢いを止めずにユーリはザギを蹴飛ばした
船端にいたザギはあっけなく海へと落ち ユーリは息を吐いた


「変な奴に好かれてるね、ユーリ」

「あんなのに好かれたいならいくらでも代わってやるよ」

「それはご遠慮願いたいなぁ」


がくり、と船が沈んでいく感覚が船に残された全員に襲い掛かる


「え?なに?沈むの・・・・・・!?」

「海へ逃げろ!」


炎が激しく燃え上がり、ユーリも合流するのかと思えば
なにを思ったのかユーリは船室へと引き返してしまう


「ユーリ!」

「エステリーゼ、駄目!」


ユーリの後を追うように炎の中へ飛び込もうとしたエステルをリタが引き止めた
この炎の中に飛び込んでは大火傷を負ってしまうし、それに船の沈没に巻き込まれては身も蓋もない



「でも、でも・・・・・・!」


「ごちゃごちゃ言ってないで飛び込むの!」


 

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