第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第二十三話

廊下を抜けた先には、巨大な魔導器が中央にどっしりと備え付けれた部屋に辿り着いた
魔核の周りに青いエアルがふわりふわりと浮かんでいる


「でっかいわねー」


天操魔導器の足元を欄干から覗き見てみると高密度のエアルが泉から湧き出ている水のように
幻想的な姿を見せている


「エアルが充満してる」


の隣に並びレイヴンも欄干から天操魔導器の下方を覗く

「こりゃ、とんでもないわ」


「普通の魔導器じゃないのかな これ」


欄干から離れて、は天操魔導器の魔核をコツコツと叩く
見た目ではこれといって他の物と違った印象が無いが、エアルの消費量がとんでもないような気がしてならない


「あんまり触らない方がいいんじゃないの?」


「それもそうか」



が手を引っ込めると、下の階のどこか遠くから人を呼ぶ声が聞こえてくる

「誰か!この者たちを捕らえなさい!」

互いに顔を見合わせては見たものの、互いに知らない声の人物だったらしく、肩を竦めあう
自分たちではない誰かが屋敷に忍び込んだのがバレてしまったのだろう
この屋敷に潜入した。といって思いつくのは一つしかない


「ユーリたちも見つかったっぽいね」

「あの青年たちなら上手い事切り抜けるでしょーよ。
 さて、おっさんは目的の品はなかった事だから引き上げるけどちゃんはどうする?」


「私はユーリたちと合流するよ。」

「ならここでお別れだわ またね」


レイヴンは片手を挙げてはその手をパシリと叩く


「出来る事ならもう会いたくない気もするけどね」

「酷いなぁ、おっさん傷つくよ?」

「冗談だって またね、レイヴン」


走り去っていくレイヴンの後姿を手を振って見送ると、下の階から名を呼ばれる声がした
欄干から見てみるとユーリたちが見上げてきている


「よかったー 皆、無事だったんだね」

「無事だったんだね。じゃねぇだろ 一人だけ抜け駆けしやがって」

「不可抗力だよ」


横の階段を駆け上がり、リタが上の階へと上がってくる
てっきり叱られるのかと思ったのだが、リタは天操魔導器の魔核の前へと立ち魔法陣を展開させて
パネル操作を始めている


「ストリムにレイトス ロクラーにフレック・・・・・・
 複数の魔導器をツギハギにして組み合わせてる・・・・・・
 この術式なら大気に干渉して天候を操れるけど、こんな無茶な使い方して・・・!
 エフミドの丘のといい、あたしより進んでいるくせに魔導器に愛情の欠片も無い!」


「これで、証拠は確認できましたね」

下の階でエステルが呟くのが聞こえ、リタから下にいるエステルに視線を向ける
いっそ上の階ではなく下の階に降りた方がいいのだろうか


「リタ、調べるのはそのぐらいにして」

「もうちょっと!もうちょっとだけ調べさせて!」



「あとでフレンにその魔導器まわしてもらえば良いだろ?
 さっさと有事を始めようぜ」


「有事って?」


「騎士様が屋敷に入り込めるように暴れてやろうってこと」


つまり、この屋敷の中で騒ぎを起こせば良いのか。と納得したは部屋全体を見回す
天操魔導器を壊したら一番の有事になりそうだが、それはリタが断じて許さないだろう

ドンドン、という音を立ててカロルが柱の一つを壊そうと衝撃を与え始め
知らぬ間にイライラゲージが徐々に上がっていったのかリタが炎の魔術を唱え始めている


「ちょ、リタ?」


「あー!もう!!」


怒りのメーターが振り切れたのかリタは部屋中に魔術を炸裂させた
その魔術の一つがカロルの傍に落ち、慌ててカロルは逃げるが声を荒げてリタを非難する


「いきなり何するんだよ!」


「こんくらいしてやんないと、騎士団が来にくいでしょ!」


「でも、これはちょっと・・・・・・」

何かを壊そうと探し回っていたエステルもリタの暴走に焦りを覚えている
屋敷が魔術の影響で壁に当たるたびに振動する



「人の屋敷でなんたる暴挙です!」



リタの暴走を咎めたのは、先ほどレイヴンと共にいた時に聞いた声だ
見るといかにも無駄に良い生地を使った法衣を身に纏った悪党顔の老人が屈強な傭兵をつれて立っている
姿を見る事は初めてだったが、おそらくはアレがノール港の執政官、ラゴウだろう


ラゴウは左右を取り巻く傭兵たちに、侵入者を捕らえるように命令をし
自分は高みの見物を決め込んでいるのか離れた場所から、下にいるユーリたちが戦っている姿を見ている

「まさか、こいつらって紅の絆傭兵団?」


紅の絆傭兵団といえば五大ギルドの一つだ
そんなギルドの人間がなぜこんな帝国に協力などするのだろうか

リタは階段を駆け下りながらもう一度炎の魔術を唱えて今度は天井へと命中させる
傭兵をあらかた始末したユーリはリタに近づき肩を掴む


「十分だ、退くぞ!」


「皆こっちに上がってきて!抜け道があるから!」


は階段の上から手を振り、こちらに来るように指示をする
上を見上げたユーリが頷きエステルたちに急ぐように視線を向ける


「何言ってんの!まだ暴れたり無いわよ!」

「早く逃げないとフレンとご対面だ。そういう間抜けなことは勘弁したいぜ」

「まさか、こんな早く来れるわけ・・・・・・」


炎の魔術を唱え終えたリタは前方に姿を現した見覚えのある顔に唖然とした。
フレンは非常に落ち着いた表情でこの場を一瞥すると、一歩踏み出してラゴウに話しかける


「何事か存じませんが、事態の対処に協力致します」


あまりに早いフレンの登場にエステルが思わず声を上げ
ユーリは眉根を寄せてリタを顧みる

「ほれみろ」

気まずそうにリタはユーリから視線を逸らし、その様子を上からが笑う


「どんまい、リタ!」


そんな時、ふと の足元にある窓から差し込む僅かな光の中に何かの影が映った
なんだろう。と思い視線を向けてみると頭上のを突き破り竜使いが姿を現した

落ちてくるガラスから逃れる為には急いで階段を駆け下り、なんとか降り注ぐガラスの破片から逃れる事が出来た



「あ、あれって竜使い!?」



カロルの叫びが響き、は頭上を通り越した姿を追う
竜に乗っている人物は白い甲冑に身を包み込み一切の露出を許していない

竜使いは部屋を大き旋回し、狙いを定めて手に持った槍で天操魔導器の魔核を打ち砕いた


「ちょっと!何してくれてんのよ!魔導器を壊すなんて!」


まるで自分の大切な人が目の前で殺されたかのような悲痛な叫びを上げてリタは魔術を唱え
容赦なく竜使いへ放っていくが、竜使いも馬鹿ではないのでひらりとその魔術をかわしてしまう

旋回をする竜使いに、は見覚えがあった。
そう、エフミドの丘であったあの竜使いだ
エフミドの丘で逃げられてしまったがまさかこんな場所で再会を果たすなどとは思っても見なかった


は大きく息を吸い込み声を張り上げた


「魔導器がまだ憎いの!?」


竜使いがちらり、とに目を向けたがすぐに視線を逸らし
魔導器に近寄ろうとするフレンたちへ槍先を向けて、竜に指示をする
竜は竜使いの言おうとする事を悟り、口から炎を吐き出した

一瞬でも目を向けられたという事は声が聞こえている何よりの証拠だった
答えが返ってこないのは何故だろう 言葉が通じないのだろうか


『始祖の隸長は私たちは言葉が違うの
 エルシフルみたいに私たちと話すことが出来る始祖の隸長もいるけれど
 殆どの始祖の隸長たちは私たちの言葉を理解できないの。だからね、


幼い頃、母から聞いた言葉が甦ってくる
竜使いとは言うがあれは始祖の隸長で魔物ではない

は竜使いを睨みつけるような眼差しで見据え
声が張り裂けんばかりに竜使いを呼んだ


「イシホテエ シオ ヲウユ リスワコ!
 タテ シヲトコ ジナ オモデ カオ ノ ドミフエ ハタナア!」


言葉が通じたのか、竜使いと竜がを振り返る
今度はすぐに視線を逸らそうとせず、じっと何かを伺っているようだった


「アィテスラブ キシスメルヘ」


竜使いはその一言だけをに告げると、ぐいと方向を変えて部屋に飛び込むときに壊した窓から去っていってしまう

“ヘルメス式魔導器”

竜使いは確かにそう答えた。
いったい、どういう意味なのだろう そんな魔導器がこの世界に存在していたのだろうか
竜使いが立ち去っていった窓を呆然として眺めていると、いつ上がってきたのかエステルがの肩を叩いた


も急いでください!ラゴウが逃げてしまいます!」

「あ、あぁ うん!」


窓を今一度振り返ったがもうそこには竜の姿は影も形も無い
は竜使いの言葉の意味を考えるのをいったん取りやめ、先に走るユーリたちの後を追った


 

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