第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第二十二話

ガクン、という衝撃を伴って昇降機は停止した。
薄暗い廊下には高価な絨毯が敷かれている、昇降機からレイヴンが先に下りて廊下の角へと走り
人が来ていないか確認をする。どうやら何の姿も見えなかったようでレイヴンがを振り返り手招きをする。
はそれを合図として足音を顰めて追いつく


「レイヴンがここに来た理由って、またギルド関係?」

「ま、そういうこと ちょーっと探し物を頼まれちゃってね」

「探し物って?」

「秘密」

「・・・・・・」


「ほーら、お喋りもいいけど さっさと済ましちゃいましょうや」


下調べをしていたのか、レイヴンは現在いる位置と目的の物の場所を把握しているようで
複雑な屋敷の中を歩く足取りに全く迷いが見られなかった

飄々とした態度とは裏腹に、計画性のあるしっかりとした一面があるというレイヴンの性格に
はなんとなく違和感を覚えていた。
真面目にことを運ぼうとすることはいいことなのだが、レイヴンという男に対しては
どうも 変 という印象を抱いてしまう

の前を率先して行く後姿や真剣な横顔は普段の軽々しさを感じない
どこかで見覚えのあるような立ち姿のような気がし、レイヴンをじっと見つめるが
これといって何か思い出すわけでもない けれども、妙に胸がざわつく


「なんでだろ」

「何が?」


心の中で呟いたつもりだった言葉は無意識に口に出てしまっていたらしく
レイヴンがすぐに振り返って尋ねてくる
振り返った表情は、見慣れたレイヴンの表情で何故かは安堵の息をつく
そうだ、先ほどの後姿は昔見た騎士の表情と似ているのだ


「あー、いや、うん。レイヴンで良かったなぁ」


「おんやぁ?もしかして、俺様に惚れちゃった?」
「まさか」


「そんな即答しなくてもいいじゃないの、おっさん傷つくよ」


眉根を寄せてレイヴンは反論するが、視線を逸らしてがだって・・・と口ごもる
妙に出来た沈黙を壊したのは複数の足音だった。


「あらら〜、バレちゃったかな」


「執政官様の屋敷に忍び込んだ賊は貴様らだな!」

騎士団とは違い、武装をした傭兵が正面から姿を現す
手には剣や斧といった武器が握られており、どうみても侵入者をここで処分してしまう気だ


「だったら、どうする?」

「知れた事だな!」


剣先が向けられ、それと同時に逆方向からも足音が聞こえて正面と同じように武器を向けられ
廊下の途中で傭兵に囲まれ四面楚歌となった。
レイヴンは肩を竦めて溜息をつき、をちらりとみて小声で話しかけてきた


「建物の中だから、派手に暴れちゃわないようにね」

「言っておくけど私は後衛担当だから近接戦闘は無理」

「おやや〜、俺様はそんな感じしなかったんだけどなぁ」


とぼけた口調での本質を見抜いたようにレイヴンが指摘してくる
は溜息をつき、首を横に振るう

「見込み違いだよ」



「何をさっきからこそこそと話している!」


「どうやって倒そうかって相談してただけよ〜」


「はっ!おめでたい奴らだな!」


その言葉を合図にいっせいに傭兵たちが二人を襲い掛かってくる
人数としては7名といった少数だ。全てが全て傭兵のエリート層で無い限り勝ち目はある

レイヴンは正面の剣を持った男の眉間へ向けて素早く矢を放った
矢は吸い込まれるようにして眉間に突き刺さると男はゆっくりと地に伏す。まずは一人

唯一出来たその突破口へとが走り、包囲網を突破する
くるりと方向を転換すると振り向き際に唱えた魔術を展開する


「焼き尽くす焔、静かなる水流 混ぜてびっくり―――バーニングアクア!」


包囲網を突破してすぐへと方向を切り替えた斧使いと剣使いの頭上に青色の水属性の陣が浮かぶ
強靭な力を持つ水流が降り注ぐ、そう思われて身構えた二人を襲ったのはシャワーを浴びているかのように穏やかな雨だった。

拍子抜けだと、互いを見合わせて笑い ニヒルな笑みを浮かべてに近づいてくる
対するは既にその二人は眼中に無く、その後ろにいる短刀で攻撃をやりすごしているレイヴンの元へと走っていく

これはチャンスだと思った矢先に、雨にぬれた二人の足元に炎の陣が浮かび上がり水の陣と挟み込むかのように下から業火が襲いかかってきた
悲鳴は炎の焼き尽くす音にかき消され、全てを焼き尽くして陣は姿を消した。

残すは後ろから追いかけてきた4名だけ
短刀で攻撃を受け止めすぐに動く事が出来なかったレイヴンを狙い放たれた魔術の軌道を防ぐようには立ちふさがった。
飛んでくるのは炎の玉、火の魔術でも下級魔術であるファイアボールだ。


素早く右手を前に出し、魔法を防ぐ為のシールドを張る
シールドにぶつかったとしても魔術の力はなかなか収まらず、軌道を僅かにずらせただけで
そのシールドを突き破っての右腕を掠める

服は少しばかり焼け焦げ、火傷をしたのかずきずきと右腕が痛み思わずしゃがみこんでしまう
がシールドを張ったことで魔術から逃れられたレイヴンは回るように腕全体で弧を描き対峙していた片手斧を持つ男に止めを刺す


「まだ動けそう?」

「なんとか」



歯を食いしばって痛みを堪え答えを返す
まだまだ敵はいるのに休んでなどいられないのだ

目の前に立ちふさがる槍使いの間合いからバックステップで間合いを開けて
息を吐いてからレイヴンは後方の魔導士に弓矢を放つ

狂いなく命中した矢にレイヴンはガッツポーズを浮かべる


「今の見た?」

「見てない」



後二人、レイヴンのところに槍使いが一人いて もう一人は・・・・・・


「後ろ気をつけろ!」


レイヴンの言葉に反応してはしゃがんだ状態から床を蹴った
攻撃の軌道を避けバク転のように上へと舞い上がると、先ほどしゃがんでいた床には大男の持つ大きなハンマーがずしりと振り下ろされ床が音を立てて砕けてる


「レイヴン!」


宙に浮いたまま、は右手の平をレイヴンへと向ける
咄嗟に何をすればよいのか悟ったレイヴンは己の持っていた短刀を躊躇うことなくに投げつけた

短刀を受け取ったは大男の肩に足を乗せて喉を引き裂き
肩から飛び降りると同時にレイヴンへと短刀を投げ返す

大男が床に伏すと同時にレイヴンが槍使いに矢を放ち、追い討ちをかけるように受け取った短刀で懐に潜り込み胴へ向かって一閃を放つ



襲い掛かってきた全ての影は床に伏し、レイヴンとは互いを見合わせて安堵の溜息を吐いた


「焦ったー」

右腕の火傷を治癒術を使って癒し、痛みが無いか確認する為に腕をぐるぐると動かしてみせる
動きに支障は無く火傷による痛みも消えた

「前衛無理って、やっぱり嘘だったじゃないの」

「そういうレイヴンだって弓使いなのに動き良すぎ」

「俺は何でも出来ちゃう万能な男だからねぇ いやぁ罪な男だわ、ホント」


短刀と弓矢をしまい、腕を組んでうんうんと頷くレイヴンをはしらけた目で見つめる
また始まった・・・・・・
こういうレイヴンは適当にあしらうに限ると、以前からの経験で学んだのでは棒読みでお世辞文を返してやる


ちゃん、その言い方じゃ おっさん全然嬉しくないよ」


「それより先に進むんでしょ?」

「だねぇ、そういやちゃんの屋敷に来た用件ってのは?」


「天候を操る魔導器っていうのがここにあるらしいからそれを確かめに、かな
 出来る事なら雨を止ませて船の出港が出来るようになれば って思ってるけど」


「天候を操るって・・・・・・天操魔導器のこと?」

「レイヴン知ってるの?」


天操魔導器という聞き覚えの無い単語にきょとん、とした表情をみせ
興味があるのかレイヴンの顔をじっと見つめてくる


「名前を聞いたことがあるだけで、詳しくは知らないわよ
 あー・・・でも、天操魔導器ならありえなくはないわねぇー
 またガセ情報つかまされちゃったかな」


「ガセって・・・・・・言っておくけど、私たちのギルドは偽の情報なんて流さないよ」


「おたくのギルドに聞いた情報じゃないのよね」


ではいったい、どこからそんな情報を。という言葉はレイヴンがの口元に人差し指をあてがい遮られる
おそらく 聞くな という事だろう
は不満げに眉根を顰めたが、静かに頷くとレイヴンは指を離してくれる


「探し物の希望は薄いんだけど、ちゃんの用事もあることだし
 とりあえず目的地に向かう でいい?」


「賛成、ちなみにあとどれぐらいある?」


「ここをまっすぐ進んだ先だから、もうちょっとで着くわよ」


親指をぐっと立てては頷き、レイヴンが先導して二人は豪華な絨毯の廊下を出来るだけ早足で進んでいった


 

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