第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第二十一話

フレンとの話を終え、宿屋から出てきたユーリたちと合流を果たし
はフレンでも執政官邸へ入る事は出来なかったという話を聞いた

とりあえず、もう一度執政官の屋敷を訪れてみたはいいものの
相変わらず唯一の入り口ともいえる位置には見張りが立っている
塀の影に隠れて、ちらりと様子を伺うが見張りが離れていく様子は全く見られない


「どうやって入るの?」

「翼の陣を使って一人づつこの塀を越えるっていうのはどうかな?」


自分の右手を持ち上げて得意げに皆に手の甲を見せるが、すぐさまその提案はリタによって却下される事となる。
以外にも自信があった提案だったのではガクリと肩を落とす



「そう気を落としなさんなって!」




この場に似合わぬ陽気な声で、の背中がぽんっと軽く叩かれる
励ましの言葉ありがとう、と呟こうと口を開けかけて
まてよ。と思わず表情が固まる

後ろから聞こえた声は、聞き覚えのある声だった。
出来れば思い出したくない思い出の中に眠っていて欲しい聞き覚えのある声だった
そう、この声はシャイコス遺跡で聞いた声


「何で貴方が!・・・っ!」


は思わず叫びかけたが口をユーリによって抱きすくめられる様に後ろから手で塞がれる
それでおとなしくなれば良いものの、は逆にいきなり口を塞がれた事に動揺して
手足をばたつかせて暴れ始める


「ちょっ、落ち着け!!」


「そうそう、騒いでたら見つかっちゃうわよ」



飄々とした態度を崩さず、シャイコス遺跡でが出会った男は暢気に頭の後ろで手を組み笑っている
にとっては見覚えのある人物だが、シャイコス遺跡でこの男と会った事については
誰にも話してはいなかった。
というのも、自分が泣いたなどということを知られたくないという羞恥心があるせいだ


口から手を離され、が落ち着きを取り戻したのに安心して一息つくと
エステルが遠慮がちに男を一瞥して記憶を思い返してみるが、これといって覚えている顔ではない



「えっと、失礼ですが のお知り合いの方です?」


「まー、そうだねぇ。
 それと そっちのかっこいい兄ちゃんとちょっとした仲なのよ、な?」


「二人とも知り合いだったの?」



耳覚えの無い情報には驚き、ユーリを見たがユーリはふいと視線を逸らして手をひらひらと振い
ユーリの体全体からかかわりたくないオーラが炸裂している


「いや、違うから ほっとけ」

「ほっとけって・・・・・・」


「おいおい、酷いじゃないの。お城の牢屋の中で仲良くしたじゃない、ユーリ・ローウェルくんよぉ」


男の口から出てきたのはまさにユーリの名前だった。
やはりユーリがわざと無視をしているのだと悟ったはユーリへと視線を向けて


「おじさん、名前知ってるみたいだけど?」

「オレから名乗った覚えはねぇぞ」



その言葉に男はニヤリと笑い、懐から一枚の紙切れを取り出してに手渡した
は丁寧に折りたたまれたそれを受け取りゆっくりと開いてみせる


「ユーリ・ローウェル この顔にピンときたら騎士団にご連絡を・・・・・・
 わー、凄い 一万ガルドもかかってる」


本人とは似ても似つかない子供が描いたような似顔絵が描かれており
ユーリの特徴が事細かに記されている。一万ガルドもする賞金首ともなれば確かに有名すぎる
横から手配書を覗き込んだカロルも納得して あぁ。と頷く


「ユーリは有名人だからね で、おじさんの名前は?」


「ん?そうだな・・・・・・」


少しばかり考えるような素振りを見せた男と、手配書から顔を上げたと目が合った
男はニコリと笑顔を向けるがは気まずいのですぐさま目を逸らす


「とりあえず レイヴンで」


「とりあえずって、どんだけふざけた奴なのよ」


「いや、リタ。残念だけどこの名前あってるから」

「マジ?」

「マジ」


「んじゃ、レイヴンさん達者で暮らせよ」


ユーリの関わりたくないオーラの度合いが増していくのがよくわかる
それほどまで悪い人物ではない、とは内心で呟くのだがユーリに言ったところでおそらく無駄だろう


「つれないこと言わないの。屋敷に入りたいんでしょ?ま、おっさんに任せときなって」


一人で塀の影からから出て行こうとするレイヴンの袖をがぐい、と引っ張り
気がついたレイヴンは足を止めて顔をに向ける


「どうかしちゃった?」

「一人じゃ危ないだろうから、私も一緒に行くよ」


「いやいや、心配いらないよ?おっさん一人でも全然平気だから」


「レイヴンさんはどうやらと知り合いみたいだし
 もついていってくれた方がオレらとしてはよっぽど信頼できるな」


レイヴンさんという敬称に随分と皮肉を込めた言い方をするユーリだが
得体の知れないレイヴンという男にこの場を全て任せるより一人でも信頼の置ける人物を連れて行ってくれたほうが皆としても安心して任せる事が出来るので
ユーリの言葉に対しては誰一人として反論はせず、むしろ視線が同意を表すかのようにレイヴンとを見つめている。


「おっさんどんだけ信頼されてないのよ〜」

「そうと決まれば、さっさと行こう」


「はいはい、っと」




入り口に立つ見張りにとレイヴンが向かう
その様子を全員が塀の影からこっそりと顔を覗かせて二人を見守る
見張りの傭兵は、とレイヴンの姿を見ると先ほど訪れた時と同じように行く手を阻み 剣をちらちらと向けてくる

こんな調子でまともに話が通じるものなのかと、は隣にいるレイヴンに視線を向ける
レイヴンは剣など眼中に無いのか非常に落ち着き飄々とした態度を崩しはしなかった


「いやぁー、見張りお疲れさん」

「なんだ貴様ら」


「実は、さっき怪しい人物を見かけてさー
 これまた、随分と手配書に描かれていた奴とそっくりなんだよね
 あー・・・ほら、ちゃん さっきの手配書のあの人なんていうんだっけ?」

「ユーリでしょ?確か、一万ガルドかけられて・・・・・・」


レイヴンの口車にいいように乗せられて、は答えを返す
それが不味い答えだと気がついたのは傭兵たちの目の色が変わってからだった


「何?!一万ガルドだと!貴様、どこで見かけた!」

「それがですねー、あっちの塀の影にいたんですよ」


一万ガルドという金に目が眩んだ傭兵たちはレイヴンの言葉を聞いて一直線にユーリたちの隠れている塀の影へと走っていく
ヤバイ、と顔が青ざめて傭兵たちを引きとめようとしたの手をレイヴンが強引に引いた


「それじゃ、行きましょっかー!」

「ちょっ・・・!れ、レイヴン!?」


レイヴンに半ば引き摺られるかのようにしては無事に執政官の屋敷に辿り着く事が出来た
本来考えていた状況とは全く異なる形として だが


正面からの突破は不味いと流石のレイヴンもわかっているのか屋敷の裏手へと回りこみ
屋敷を下から眺めて 流石に大きいわねぇ。とぼやく

その隣では正面玄関の方面に置いてきた仲間の無事をが祈っている
本来、レイヴンが変なまねをしないようにと監視を任せてくれたのに
自分ひとりだけで屋敷の侵入を成功させてしまったので罪悪感たっぷりだ


「あのさ、レイヴン 流石にあの抜け方は酷くない?」

「侵入作戦には囮は重要なのよ」


「囮って・・・・・・」


暢気な態度に反省の色は見えない
初めから自分がこの屋敷に入るためにユーリたちを利用する気 満々だったのだろう


「尊い犠牲だったわね、いや 本当に。
 で、ものは相談なんだけどちゃん おっさんに協力してくれない?」

「協力?」



レイヴンの突拍子も無い提案は仲間と離れた今の状況では受け入れるのが妥当だろう
この屋敷に潜んでいるのはあの傭兵だけではあるまい
それならば、一人より二人 その方がより安全性も確実性も増す

先ほどユーリたちを囮に使ったことで信頼しきる事は難しいが
シャイコス遺跡の一件で、はレイヴンが信頼の置ける人物として相応しい器は持っていると知っている



「私もこの屋敷でやらないといけない事があるから
 それに協力してくれるなら レイヴンにも協力するよ」


「契約成立ね」



「あたしを騙した事を地獄の果てで後悔しなさい!」

とんでもない発言と共にエアルが収縮されていく
背後を振り返ると、目がマジなリタが火の魔術を唱えているところだった。
追いついてきたユーリたちを目に留めると、レイヴンはの手を取るとすぐさまユーリたちに背を向けて走って逃げる。
逃げるという事は、一応は悪い事をしたという自覚はあるようだ


「よう、また会ったね 無事で何よりだ、んじゃ」


一息でその言葉を言い終えると、奥にある昇降機にをつれて乗り込む
昇降機はガラガラと音を立てて上っていき
それを追いかけるように、リタを先頭にしてユーリたちも隣の昇降機に乗り込んだのだが


「あれ?皆、下に行ってない?」

「あっちは地下に繋がってる昇降機なのよ」


「・・・・・・わかってて乗ったでしょ、これ」

「偶然よ、偶然〜」


笑ってレイヴンは答えるが、には わかっていた。と答えたかのように思えた
ようやく合流できると思った仲間とは強引に引き剥がされて
レイヴンと協力すると言ったはいいが正直なところ、乗り気ではない
未だに止まらない昇降機の音に混じりは小さく溜息をついた


 

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