第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第二十話

翌朝、テントをぽつりぽつりと叩く雨音では目を覚ました。
リタの予想していた通り、雨が降っている。これならば、リブガロも姿を現しているだろう

テントをしまい、仕度が済めば空の機嫌が変わらぬうちにと早々と出発することとなった
出発して間もなくリタはの隣に並び、昨日の解析でわかった事項について事細かに話し出し


「つまり、が使ってる陣魔法とエアルの供給の仕方が特殊すぎて、まだ解析しきれてないの
 でもね このヒビに関しては陣魔法を使わなければ武醒魔導器として使ってもなんら問題は無いわ」

「おぉ、本当に?」


「えぇ。陣魔法の使用が魔核に負担をかけているみたいだったから
 普通の術技を使ったぐらいなら なんの影響もないわ」


「さっすがリタ!ありがとう!これで心置きなく戦闘参加できるよー」

「いっつも後ろで見てるだけ だったもんね
 これからは今まで休んでた分、ビシバシと働きなさいよ」


リタはニヤリと笑い、答えるようにはガッツポーズをつくる
道中に何度か姿を現した魔物の退治は魔核にヒビが入ったときから全て仲間任せになっていた
皆が四苦八苦して戦っているのをいつも離れた安全な場所から眺めるだけだったので
ようやく共に戦える事となったのがは嬉しかったのだ


「ところで は後衛よね?」

「え、なんでまた」


「だって武器がアレでしょ?」


アレというのは、つまりのツールポーチに眠っているパペットのことを指す
とてもではないが前衛向きな武器ではない
それを思い出したはあー・・・と声を出して考えをめぐらせる


「じゃあ後衛ってことで」                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

「“じゃあ”なんて言ったら前線でも戦っていけるような言い方じゃないの」

「あはは」



の苦笑いと共に、どこからか嘶く声が聞こえた
皆がいっせいにあたりを警戒しどこから姿を現すかわからない魔物に注意を向ける


「あ!あれ!リブガロだよ!」


真っ先に声を上げたのはカロルだった。
カロルが指差した先には金色の体に立派な長い角を持ったリブガロがこちらを見据えていた


「お、カロル先生さすがだなー」


リブガロが大きく嘶きその声を当たりに響かせ
両の前足をあげたかと思うと一気にいままで保たれていた距離を詰めてくる


「散れ!」


ただの体当たりだとしても、まともに食らえば十分なダメージになる
ユーリの指示に従い、今まで固まって歩いていた全員がそれぞれリブガロの餌食にならぬように走った

リブガロをすぐ目の前にしてかわしたはリブガロの体に刻まれている生々しい傷痕を見た
やはり、街の人々からの攻撃を受けてリブガロ自身も無事ではなかったのだ


「魔術ならもっと離れて使えよ!」


剣を構えなおしての横をすり抜けたユーリはリブガロの背後に走り
方向を変えようとしたリブガロに一太刀を食らわせる

リブガロは悲鳴をあげてユーリに反撃をするが、ユーリは身軽に後ろへと下がりその攻撃を避ける
反撃に失敗したリブガロに大きな隙が出来、畳み掛けるようにカロルが斧を振るい


「臥龍アッパー!」


斧の軌跡は空に弧を描き、リブガロを襲う
まだ滞空状態のカロルへリブガロは角をぐいと向けて攻撃をしてくる
飛び上がっている途中では避けようが無いカロルは小さな悲鳴を上げて目を閉じる


「ガウッ!」


カロルを助けるかのように動いたのはラピードだった。
リブガロの懐に飛び込んだかと思うと、すばやい体当たりをして攻撃態勢だったリブガロをよろめかせる


「たゆたう闇の微笑―――スプレッドゼロ!」



体制を崩しかけたリブガロにリタの魔術が炸裂する
リブガロには出会ってすぐの元気さは無く傷ついた体で辛うじて立っている状態だ
一気に勝負を決してしまおうと、ユーリは後方にいるエステルを振り返った


「エステル!」

「はい!刃に宿れ、更なる力よ―――シャープネス」


「サンキュー、それじゃ 飛ばしていきますか!」


覇気を身に纏い、ユーリは先ほどとは比べようが無いほどすばやく攻撃を繰り返していく
いったん剣を引いたかと思うと、ユーリはリブガロ突き



「牙狼撃!」


空いている片方の手でリブガロの腹を殴りつけ、その攻撃でリブガロは体制を崩し地に伏した
起き上がり、攻撃をしてくるような様子は見られない


「ちょ、ちょっとストップ!」


突然のからの静止命令に、動きを止めてリブガロを警戒しながらもの方へと皆が振り返る
は倒れたリブガロへと歩み寄り痛々しい傷を唇を噛み締めて眺めた



「ねぇ、高価なのは角だけでしょ
 それだったら、角だけとって帰るっていうのじゃダメかな?」


「いいんじゃねぇの?金の亡者にはそれだけで十分だろ」 



リブガロに近づきユーリはその額から角を折った
その間には傷ついたリブガロの鬣をそっと撫でながら治癒術を施した


「ちょ、ちょっと・・・・・・怪我を治したりしたら不味いんじゃないの?」



いつ起き上がるかわからないリブガロにたじろいでいるカロルがビクビクしながらに尋ねる
リブガロは魔物だ。いくらが魔物に慣れているといっても服従もしていない魔物に対しては危険が伴う

危険な事この上ない状況下で、は治療を止めようとはしなかった。
あらかたの傷が塞がっていくとリブガロは閉じていた金色の瞳を開き、勢いよく立ち上がった。



「う、うわぁ!起きちゃったよ!どうするの!?」

「どうもしないよ」


リブガロのふさふさした毛を流れに沿って撫でながらはリブガロを見つめる
が己の傷を癒してくれたことを知っているのかリブガロは暴れまわったりせず
おとなしくに撫でられている



「角だけ貰っていくけどいい?」


言葉を理解したのかリブガロは小さく頷くと、すぐに森の中へと引き返して行った。



って、魔物と話せるの?」


「まさかー。とりあえず、角も手に入った事だしノール港に戻ろう」














「待って!せっかく怪我を治してもらったのに!」


ノール港へ着くと、女性の悲痛な叫びが耳についた。
見ると、包帯を巻き随分と怪我をしている様子の男に妻と思われる女性がその腕を掴み必死に止めようとしている
その腕を振り切って男は手に持った剣を握り締めて街の外へと向かっていく


ユーリはその進路をふさぐかのように歩み寄ると



「そんな物騒なもん持って、どこに行こうってんだ?」

「あなた方には関係ない。好奇心で首をつっこまれても迷惑だ」



目を伏せて首を振るう男にユーリは何を思ったのか手にしていたリブガロの角を男の足元へ投げ捨てた。
角を目にした男は目を見張り足元に落ちた角とユーリを交互に見つめる


「こ、これは・・・!」


「あんたの活躍の場 奪って悪かったな。それはお詫びだ」


「あ、ありがとうございます!」


地面に臥して礼を述べる夫婦をよそに、ユーリはそ知らぬ顔で宿屋へと歩いていく
慌ててその後を皆が追い、開口一番カロルがユーリに何故渡したのかと問い詰める


「あれでガキが助かるなら安いもんだろ」


「最初からこうするつもりだったんですね」

「思いつき思いつき」


手をひらひらと振るい、ユーリはふざけてみせる
腕を組んで仁王立ちをしたリタは、ユーリを褒め称えるのではなく冷めた目で見つめ


「その思いつきで献上品がなくなっちゃったわよ。どうすんの」

「ま、執政官邸には別の方法で乗り込めばいいだろ」



「ならフレンがどうなったか、確認に戻りませんか?」


「とっくにラゴウの屋敷に入って解決してるかもしれないしね」

「だといいけど」


宿屋の中へと入っていくユーリたちを、が呼び止める


「あー・・・あのさ」

「わかってるって。すぐに片付くから外で待ってろ」


「察しが良くて助かるよ」


 

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