第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第十八話

ぐるりと一通り街を見て回ったが、違和感の原因となりうるような物はこれといって何も見つからなかった
今、がいる執政官の屋敷を除いて


執政官の屋敷の前にはどこかのギルドの者だろうか、騎士団とは違い
柄が悪く、雇われて傭兵を行っているという雰囲気を漂わせている見張りがいる


忍び込むというのも一つの手だが、この屋敷には正面以外に入れるとしたら高い塀を乗り越えるしかない
乗り越えようと思えば、翼の陣で軽々と乗り越えて進入する事は出来るのだが
魔導器の不具合やリタに念を入れて忠告されたので不用意に魔導器を使うことは出来ない

どうしようか。と腕を組んで悩んでいるとの後ろから肩を叩かれた

驚いて振り向いてみるとにっこりと柔らかく笑ったエステルが立っており
その後ろにはユーリやカロルといった見慣れたメンバーがそろっている


「どうかしたんです?」

「あー・・・うん、ちょっと執政官の屋敷が気になったんだけど入れそうになくて」

「なんだ、もか」


その言い草ではまるでユーリたちもこの屋敷が気になっているかのようだ
どういうことなのか理解できていないはユーリに説明を求めた


「執政官のせいで港が封鎖されてるらしいから、その文句を言いに行こう。ってな」

「よくわかったね、港が執政官のせいで封鎖されてるなんて」



は未だに手に入れてなかった新しい情報をユーリが入手している事に対して拍手を送る
合流した時に一人だけ遅れて登場した事にはこんな理由があったのか。と感心していると
どこかイラついた表情のリタが横槍を入れてくる


「でもって、この執政官が天候を操る魔導器を持ってるかも。とか言うのよ
 天候を操る魔導器なんて聞いたこと無いし 絶対に怪しいわ!
 もしも魔導器に無茶なんてさせてたりしたらぶっ飛ばす!」


「・・・・・・な、なるほど。なんとなく事情はわかったよ。」


も執政官の屋敷が気になるって言ってたよね。
 っていうと、やっぱりここに何かあるって知ってたの?」


「屋敷に天候を操る魔導器がある。っていう話は始めて聞いたよ
 私はただ単に、この街の違和感の原因がここにあるんじゃないかな、って思ってただけ」

「違和感って、なんです?」


自分でも良くわかっていないことをどう説明したら良いだろうかと考えてみるのだが
どうも、抽象的にしか話す事が出来ない自信しか湧いてこない


「よくわかんないけど、この街 結界魔導器の中なんだけどちょっと変なんだよね」

「変?それって、帝国の圧力が強いからじゃないかな?」

「それとはちょっと違うんだよね」


「どちらにせよ、とにかく屋敷に行ってみようぜ もう目の前まで来てるんだし。」


ここで話し込んでいても終わらないと悟り、ユーリが話を切り上げる
抽象的でしかない違和感については終わりの見えない話だったのでもそれに賛同して
とりあえず屋敷に行ってみよう という結論に至った
















「なんだ、貴様ら」

屋敷に近づくとすぐさま見張りをしていた傭兵たちが自らの得物をちらつかせながら睨みつけてくる
それに怖気づくことなく凛として立ち向かったのはエステルだ

「ラゴウ執政官に会わせていただきたいんですが」


礼儀のかけらも無いその振る舞いに、カロルが声を潜めてユーリにこの人たちは傭兵でどこのギルドのひとだろうと尋ねる。
カロルの言葉でユーリは自分の中で何かのピースが当てはまったのか。あぁ。と頷き


「道理でガラが悪いわけだ」


と、小さく呟き返す
その声が聞こえたのか、エステルの対応をしていた傭兵は、帰れ!と怒鳴り散らす


「執政官殿はお忙しいんだよ!」


建前という言葉に相応しい在り来たりな言葉をユーリは鼻で笑った


「街の連中を痛めつけるのにか?」


「おい貴様、口には気をつけろよ」


今にも傭兵が剣先をユーリへ向けようとする空気が流れ
慌ててカロルが喧嘩腰になりかけのユーリを引き止める



「だから相手にされないって言ったじゃないか! 大事になる前に退散しようよ」

「ここはカロル先生に賛成だな」


屋敷の前で騒ぎを起こしたとしても、無駄になる事がわかっているのか
ユーリは冷静な判断を下した
そう決めるとすぐにユーリは屋敷に背を向けて帰っていきその後をラピードとカロルは追う


「でも、他に方法が・・・・・・」


「いいから、いくよ」

「そうそう!のんびりしてるとユーリに置いてかれちゃうよ!」


なかなか引き下がろうとしないエステルをリタが催促し、が肩を後ろから押して強制的にエステルを屋敷から引き離す
執政官の屋敷を後にし、先頭を歩いているユーリが歩みを止めずに話し始める


「正面からの正攻法は騎士様に任せるしかないな」

「それが上手くいかないから、フレンってのが困ってるんじゃないの?」

「まぁな。となると、献上品でも持って参上するしかないか」

「献上品?なによそれ」



リタの疑問に、ユーリは立ち止まり後ろを振り返りニヤリと笑った


「リブガロだよ。価値あるんだろ?」

「そういえば、役人のひとりが言ってました。
 その角で一生分の税金を納められるって」


「リブガロの角は高熱を出した後に死に至るデスガロ熱の唯一の特効薬だから価値はあるだろうけど
 リブガロの主な生息地はカプワ・ノールみたいな所じゃなくて海を越えた先にある
 コゴール砂漠のオアシスに住んでいるような魔物だから まずは海を越えないと・・・・・・」

自分の知っている知識を生かして、的確に説明をしたのだがユーリは何を思ったのかに目を向けてくる。
そのまっすぐな視線と共に、ユーリの口元が甘いな。と呟いた


「ところがどっこい、執政官様が街の外にリブガロを放して街の奴らが退治するのを楽しんでいるらしいぜ」

「リブガロを!?」


珍獣と言われているリブガロをそのような悪趣味な遊びに使うなど魔物を服従させる者として最低の趣味だ
そもそも、魔物を飼うなど常人が出来ることではない
リブガロと戦わせられている街の人も辛いだろうがリブガロとて、きっと無事ではないだろう
傷ついたリブガロのことを考えるとは腸が煮えくり返るような思いになった



「なら、今がチャンスだね雨降ってるし!」

「雨がどうかしたんです?」


「リブガロは乾燥することが嫌いで、こんな大陸だったら雨が降ったらでてくるの」

「そういうこと!
 天気が変わった時にしか活動しない魔物っていうのがたまにいるんだよね」




「さすが魔物特化組はよく知ってるな。それで?」


「それでって・・・?それだけだよ?」
「それだけね」


「どこにいるんだ?」


ユーリの言葉に魔物特化組と呼ばれたカロルとは顔を見合わせる
先ほど話したとおり、はリブガロは砂漠にいることしか知らないし
カロルはリブガロという魔物の特徴しか知らない


「さ、さぁ・・・・・・」
「知らないなぁ・・・・・・」


大きくリタが溜息をつき やっぱりね。とぼやく
エステルも困ったように笑みを浮かべる


「じゃあ、街の人に話を聞きましょう」

「聞きましょうって いいのかよ、エステル」

「はい?」

「下手すりゃこっちが犯罪者にされんだぞ」


何のことを言おうとしているのかわかりかねているエステルはユーリの言葉に首を傾ける
ユーリはなかなか悟ってくれないエステルに、どう話したものかと視線を少し泳がせてから


「ほら、この街のルールを作ってるのは執政官様だ
 そいつに逆らおうってんだからな」


ユーリの言葉の意味を理解したエステルは、息を呑んでじっと手を組み自分の胸のうちで自問自答をする
アスピオに泥棒のような真似をして入った時にエステルが躊躇っていた事をユーリは覚えていたのだろう
どんな手段でも構わない、といった心構えのユーリとカロルそれにはいまさらルール違反など屁でもないのだが
エステルにとってはこれは一つの大きな決断を下さないといけないのかもしれない

心を決めたのか、エステルは顔を上げて揺らぎ無い意思を示すようなまっすぐな強い眼差しを浮かべていた


「わたしも行きます」


「いいんだな」

「はい」


「リタもいいんだよな?」

「天候を操れる魔導器っていうの凄い気になるしね」


「決まりですね!」




「じゃあ、まずはリブガロ探しといきますか」


 

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