第一章 魔物を操る少女と水道魔導器  第十六話

フレンがかりている宿の一室で、はフレンと向かい合う形にソファに腰掛けていた
外の雨音は相変わらず激しい音と共に窓に打ち付けている


「ノール港に来たなら、ダングレストに戻るのかい?」

話しているうちに随分とフレンとは打ち解けて、も初めこそ持っていた警戒心が徐々に和らいでいくのを感じていた。
というのも、ハルルでの礼の後にフレンのことやのギルドのことをお互いに話し合うことが出来て何か互いに通じ合うものがあったからなのかもしれない


「そのつもり
 だけど、まずはトリム港にいる仲間と連絡を取ろうと思ってる」

「なるほど、じゃあ しばらくここで足止めになってしまうね」


「え?なんで?」


ガタガタと風で震える窓と雨が地面を叩く音、フレンは大荒れの外の様子を視線で指し示し もそれを悟る
こんな天気では船を出す事は出来ない
出せたとしても荒れた海は危険だ。激しい雨風に煽られて船が沈んでしまう可能性のほうが高い


「随分と前からこの天気が続いているらしい」


「ずっと・・・・・・?」

「そうらしい 船が出る度にこんな天気になると聞いた」


「それって、変じゃない?」

「あぁ、僕もそう思っている
 ・・・・・・そういえば、は僕に何か聞きたい事があるといってたね」


「あ・・・そうだった」


ついつい、フレンと話すのが楽しく 本来、自分が聞きたいと思っていた事があったことを完璧に忘れてしまっていた。
自分の悪い癖だな。と己を咎めて気を取り直す


「どっから聞けばいいか迷うんだけど・・・・・・フレンは人魔戦争に参戦は・・・してないよね?」

「あの時は僕もまだ子供だったからね」


「騎士団の先輩たちから人魔戦争については聞いてる?」

「多少なりは聞いてるけど・・・・・・一般教養の範囲と同じだよ」

「そっかー・・・・・・」


一般教養の範囲。と言われてしまってはの聞きたい事についての望みは消え失せてしまう
やはり、もっと上層部の人間でないとの知りたがっている事については答えるに答えられないのかもしれない


「答えられるかどうかわからないけど、僕が聞いていいことなら教えてくれないかな?」

「うーん・・・・・・」


出来る限り事情を知らない人に対して真実を話す事を避けたかったはどこまで尋ねるかどこまでなら尋ねられるかと言葉を捜す
きっと、フレンは始祖の隸長の事も人魔戦争の後に起こった非道な事も何も知らされて無いだろう

幼い頃には何故自分が知っている事を口外してはいけないのか理解できず首領に何度も泣きついていた
けれども、もう子供じゃない自分には何故話してはいけないのかわかっていた。

話してもいいのは事実を知っている人だけ 尋ねてもいいのは事実を知っている人だけ
それなら、事実を知らないフレンにはせめて知っている人のことについて聞くぐらいならいいかもしれない



「騎士団の人で、名前はわからないんだけど黒髪の人探してるの」

「黒髪?」



フレンの中で本当に僅かな期間だったが騎士団に所属していた幼馴染の影が過ぎる
けれど、黒髪など騎士団の中でもそう珍しくない きっと自分の思い過ごしだろう


「その黒髪の人はの知り合いかなにか?」


「癪だけど命の恩人・・・・・・みたいなもんかな その人に聞きたいことがいっぱいありすぎてさ
 それに、あの人がいなかったら・・・・・・」



瞼を瞑れば幼い頃の記憶が甦る。一面赤く染まった床にギラリと輝く銀色の刃
息苦しくなるような濁った空気の濃さ




急に黙り込んでしまったを気遣いフレンは同じように口を噤んだ
部屋は降り止んできた雨の音が静かに包まれる






その静寂を破ったのは、扉の外から聞こえてきた声だった
慌しげに何かを叫んでいる男の声にただ事じゃないと悟ったフレンは立ち上がる


「話の途中ですまないけど」

「市民を守るのは義務、でしょ?」


何をしたいのかをすぐに理解したは皆を言う前に言葉を返した
の表情は先ほどの話が無かったかのようにケロリと明るさを取り戻している
ごめん、ともう一つ謝ってからフレンは部屋を出て行く




「とにかく、ありゃどうみてもヤバイ感じでよ!」


興奮気味に話す男に宿屋の主人とロビーにいた人々が眉を顰めて
どうすれば良いのか互いに顔を見合わせて オドオドとしている
フレンはその間に割って入り



「どうしましたか?」


「おぉ、騎士の兄さんか
 いや、さっき少し向こうの路地でやばそうな奴らとやりあってる黒髪の兄さんがいてな」



頭に過ぎるのは先ほどと同じ幼馴染の影
まさかとは思ったが、ハルルで置いてきた手紙の事を思い返すとノール港へ向かってきていてもおかしくは無い
男に礼を言ったフレンはすぐさま宿屋を飛び出した


 

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