エフミドの丘には、以前は存在しなかったはずの結界魔導器が展開されており、は思わぬ足止めを喰らってしまった。
魔物二号の背からエフミドの丘の頭上に浮かぶ紋章はどうやらみせかけではなく本物の結界魔導器だと物語っている。
ここを通りノール港へ行くのはこれが初めてではなかったは以前はこの場所に設置されていなかったはずの結界魔導器が何故あるのかと頭を捻るのだがこれといって何も思いつかない
しかし、新しく結界魔導器が発見されてエフミドの丘に設置されたという情報は伝わってない
「どうなってんのよ・・・・・・これ」
ここから先は徒歩で行く他はない、と諦めかけた時 の頭上を大きな影が通り過ぎた
反射的に顔を上げると、鯨に似た青い龍を操り白尽くめの甲冑を身に纏った龍使いが目に留まった
何の躊躇いもなく、結界の中へと向っていく龍使いには驚き目を丸くした
「なっ・・・!ちょっと!魔物をつれて中になんて入ったら、その子が!
二号、走って!あの人止める!」
は魔物二号の背に捕まり、龍使いを追い続けるが次の瞬間に龍使いはそのまま結界の中へと飛び込み
龍使いに追いつけず結界の外で魔物二号は悔しそうに足踏みをし、は息を呑み目を伏せ
自分が止められなかった事を悔いた
パキンッ
何かが砕けるような甲高い音がしたと同時に、ガシャーンと大きなものが崩れ落ちる音が地響きとともに響き渡る。
その異常な事態にはすぐに音のする方へと目を向けた途端に、ありえない。と言葉が漏れた
空に浮かんだ結界魔導器の紋章が空の青に溶けてなくなっていくのが目に飛び込んできたのだ
ノール港の方角へと飛び去ろうとしている龍使いの姿をすぐに目に留めたは魔物二号を操りその後を全力で追いかける
空を飛ぶのに比べると地を駆ける事は大いに劣ってしまうかもしれないが、にはこの子なら絶対に追いつけるという自信があり早々と諦めはしなかった
結界の中でも縦横無尽に動く事が可能な存在 その存在には心当たりがあった
その真相を確かめるにはあの龍使いとどうにかして話をしなければならない
エフミドの丘へと入ると、龍使いに破壊されたであろう結界魔導器が見るも無残な姿で横たわりその周りを人々が不安げな表情で取り囲んでいる
「どいてください!」
が声を上げると同時に、魔物二号を見た人々の口から悲鳴が聞こえて道が開ける
結界魔導器の残骸をまるでなんでもない障害物だったかのように魔物二号は軽々と飛び越えてしまい
嵐のように過ぎ去っていった出来事に、人々はしばらく言葉を失っていた
エフミドの丘を抜け草原を駆けて追いかけていると、龍使いがの存在に気がついたのか龍の耳元で何かを囁いた
答えるかのように龍が鳴くと、ぐんっと龍の速度が速さを増した
ここで逃すわけには行かないとは思い切って龍使いに声をかけた
「待ってください!別に貴方達を咎めようとしてるわけじゃないんです!」
その返答はなく、龍使いは高度を上げて太陽の光の中へと隠れてしまい
龍使いを目で追っていたは光の眩しさに目を瞑ってしまい、もう一度空を見上げた時には龍使いの姿はどこにも見当たらなかった
「始祖の隸長・・・・・・まだ、生きてたんだ・・・・・・」
脳裏に蘇る過去の記憶、ぽつりと呟いたの言葉は草原の風に攫われて風の中へと溶けていった
ノール港へと近づくと、日が次第に陰っていきノール港が見えた時にはあたりは夜でもないのに暗くなり
空にはどんよりとした雲がノール港を包み込んでいた
結界魔導器が張られているノール港には魔物二号を連れて行くことは出来ない
港に着く少し前に二号と別れを告げたは己の足でノール港へと踏み込んだ
「・・・・・・なんか、この街 おかしくない?」
普段感じた事の無い結界魔導器内での違和感に、は胸騒ぎを覚える
ぽつりぽつりと降っていた雨も、港へ着くと激しい雨音を立てた大雨になり
はまず雨をしのぐ為に宿屋へと走った。
「うっわぁー・・・悲惨なぐらい濡れた・・・・・・」
宿屋の入り口でバサバサと水を掃うが殆どの水分が服に吸い込まれてしまい これといって効果はなかった。
最悪だ。とぶつぶつと心の中で不満をぶちまけている
宿屋一階の奥の部屋のドアが音を立てて開いた
「―― それと連日の暴風雨の調査を頼む」
「了解いたしました」
部屋から出てきた金髪の騎士は、部下二人に指示をだしてから宿屋の入り口で水に濡れた服と悪戦苦闘をしているを目に留めた
「貴方は、確かハルルで・・・・・・」
「ん?」
自分が呼ばれたような気がしたは顔を上げて笑顔を引きつらせた
そこにいたのはエステルの探し人であるフレン。せっかく、会いたくないがためにハルルに行くというユーリ達より先にノール港へと走ったのにここへ来てまさかの展開である
「フレン・・・・・・さん」
「良かった、無事だったんですね。」
「貴方もお怪我が無いようでなによりです」
「よろしければ奥でお話でも 貴方にハルルでの礼をしたいんです」
純粋にお礼がしたいフレンは部下二人をアイコンタクト一つで頷かせて下がらせると
自分が先ほど出てきた部屋を手で指し示す
フレンに何の悪意も無いとわかっていながら、は首を横に振った
「申し訳ないんですけど、私 ギルドの人間なんで・・・・・・
出来るだけ騎士団の方とは関わりたくないんです」
「ギルド・・・・・・?」
「ハルルの事は私にも利益があったから助けたんです
だから、お礼をしたいなんて言わないでください。私は、騎士団を助ける為に協力したんじゃないんです」
騎士団なんてあのまま消えてなくなってしまえば良かったのに。という言葉は胸の中に止めておき、はフレンに一礼をし一室を確保する為に宿主の方へと向かう
けれどその足はピタリと止まる事になった。やや強引にフレンがの手首を掴んだのだ
まさか、止められるとは思っても見なかったは眉を吊り上げてフレンを振り返る
「なんなんですか!もう、貴方との話は済んだでしょ?」
「ギルドの人間と騎士団の人間では話すことすら出来ないんですか?」
怒鳴れば相手が手を引くと思っていたはフレンの思わぬカウンターに覇気が下がっていく
真剣な表情で見つめてくるフレンの瞳はまっすぐで何の歪みもない青を映し出している
「僕がフレンという事しかキミにはまだ言っていない
自分を救ってくれた人に対してお礼も言えないなんてそんなの間違っている」
フレンは抵抗する事をやめたの腕をそっと放して
鋭く尖っていた瞳を緩めて暖かな表情を向けてに笑いかけた
「それに僕は、まだキミの名前すら聞いてない」
「・・・・・・」
が知っている帝国の騎士とはまるで違うフレン
もしかしたら、この人なら騎士でも まだ、本当に少しだけどマシで話の通じる人なのかもしれない
それなら、自分が知りたがっている過去の真実も教えてくれるかもしれない
帝国からを救ってくれた首領ですら一切、答えようとしないあの事をこの人なら話してくれるかもしれない
本当に知りたい事を教えてくれるかの望みは薄かった
けれども、少しだけほんの少しだけ はこの騎士なら。と心を決めた
「・・・・・・『空の配達』のです
フレンさん、貴方にちょっと尋ねたい事があるのそれで良ければ話、してもいい?」
「ハルルでの礼を言わせてもらえるなら 構いませんよ」
「フレンさんって諦め悪いって言われません?」
「忍耐強いとは言われるね」
くすり、二つの笑顔が零れ落ちる