第十四話 警備に遺跡に置いてきた盗賊の事を報告しに行く、といってアスピオについてすぐにリタとは別れることになった。 用事はそれだけなのですぐに終わるから小屋で待つようにいわれた面々は 旅の疲れを癒すように思い思いにのんびりとリタの帰りを待っていた。 リタの小屋への訪問はこれで二度目だ。 以前はカロルが鍵を開けて勝手に中に入ったというらしいが、 今回はリタから小屋の鍵を貰い正当な方法で中に入っている。 有り余ってしまったこの時間に、遺跡で起こったことのあらましをカロルがに話した それでもまだ時間は余っているのでパペット用の小さな衣服を繕い始め 途中で先ほど遺跡でレイヴンを助ける為に服従させたゴーレムを服従解除していなかったことを思い出したは針仕事の手を止めて右手を高く掲げる 「何してんの?」 にとっては意味のある行動でも、すぐ傍に座っているカロルにとっては不思議な行動に見えたらしく 今まで床に向けられていたはずのカロルの視線がの右手に向っている 「遺跡で契約したゴーレムを服従解除しておこうかと思って」 「え!? 魔導器使ったの?」 「リタには内緒にしてね」 空いている左手の人差し指を口元に当ててウインクをするとカロルは しょうがないなぁ。と言い と同じように人差し指を立てて口元へ当てて笑った 「そういえば、とカロルはどうしてギルドに入ったんです?」 服従解除が終わると小屋に来てからずっと小屋の外を見たり時計を何度も見つめていたりと 焦った様子を見せていたエステルがとカロルに話しかけてきた。 「ボクはダングレストの出身だったから、自然と・・・・・・かな」 「もそうなんです?」 「私は騎士団が嫌いだったから。 それと、人探しをしたかったから、かな。」 「人・・・・・・ですか?」 「うん ほら、私のギルドって世界中を飛び回るのが仕事だから どこかで会えるかなぁって思ってね」 『蒼空の配達』は配達のために世界中を飛び回ることが出来る それはエステルにとっても知っている事項だったので、なるほど。と納得をする。 「探してるって、何か手がかりとかないの?」 手がかりがあれば、この旅の途中で見つけることが出来るかもしれないし。 と続けてカロルがに尋ねてくる。 は躊躇っているのか考えを巡らせながら うーん、と唸る 「黒髪の騎士なんだけど、名前はわからない 顔は一応わかるんだけどねー、なにせ7年前だから・・・・・・・面影あってもちょっとは変わってるかも」 「実はユーリでした。とかだったりしたら、びっくりだね」 「7年も前に騎士なんてやってねぇよ」 ふざけた調子でカロルは言うが、話を振られたユーリにとってはその事を思い出したくも無いか どうも、投げやりな態度をとっている。 「え?ユーリって騎士なの?」 心の中で騎士姿のユーリを想像するが、ものすごい違和感を感じる。 そもそも、規律という言葉が似合わない むしろ規律を破るという方が完璧にユーリらしくも感じるのだから 「元、な。すぐに辞めたけど」 「なんだー、びっくりした。」 「というか、お前さ 騎士探すって言っても、探してどうするんだよ?もしかして生き別れの身内だ、とか?」 「身内ではないなー。 うーん・・・・・・なんて説明するべきかなぁ」 説明に困っていると、エステルが横から助け舟をと 世話になった人かと尋ねてくる は眉間に皺を寄せて腕を組む 「ある意味で世話になったけど、どちらかというと・・・・・・命の恩人かな 騎士団に追われて殺されかけた時に 私を庇ってくれた。」 「あんまり穏やかな事情じゃねぇな」 しまった、つい口が滑ってしまった。とは己の失態に気がつき どう対処すれば良いだろうかと焦り始める。このことはあまり話さない方がいい話題に決まっている 「もしかしてさ、ってユーリより重罪人だったり・・・・・・する?」 「・・・・・・・・・・・・ はい!この話題終わりー!」 自分の手をパンパンと叩いて話題の終了を無理やり告げる 「えぇー!?そこで終わるのはズルいよ!」 「終わりったら終わりでーす!」 カロルは何度も反論を返すが、にそれを軽くあしらわれてしまい全く進展しそうに無い。 ユーリもが過去になにをしてきたのか、と引っかかる所があったが 本人が話したくないと思っているのがカロルとの口論でわかったのであえて尋ねようとはしなかった。 「あ、あの。」 「エステルにも言わないからね。この話題は終わったんだから」 指を突きつけてエステルにまでキツく言う、その失礼な態度に対してもエステルは怒りはしなかった。 むしろ、エステルは笑顔を向けての手をそっと握った。 「そんなに怖がらなくても大丈夫です わたしはが凄く優しい人だって知っています。 だから、追われていたのも騎士団の皆が誤解したせいだと思うんです」 エステルに手を握られて初めて自分が震えている事に気がついた。 それは不安から来るものなのか、恐怖から来るものなのかはわからない けれど、エステルの優しさに触れて 徐々にその震えは消えていく 不思議だった。ただエステルは手を握ってくれていただけなのに どうして震えが止まったのだろうか 「誤解してたせいかも、って・・・・・・エステルはそれでいいの?」 「カロルはが何か重い罪を犯したって思うんです?」 「・・・・・・そうは思わないけど」 短い時間だが と過ごした時を振り返ってみても、とても重罪を犯すとは思えない。 その判断の根拠が自分の感覚だからカロルは悩んでいた。 けれど、エステルは違った。 「それなら、今はそれでいいと思います。 何かあるならがいつか話してくれると思うんです。」 どうしてそんなにまで自分を信じてくれるのだろう。 はエステルから向けられた純粋でひたむきな視線に居たたまれなくなった。 「話してくれる前に後ろからグサッなんて真似されなきゃいいけどな」 「もう、ユーリ!」 「冗談だよ」 会話がピタリと止まると、小屋の中が静寂に包まれ ただ静寂な時を過ごす事が煩わしいのかエステルは立ち上がると小屋の中を右へ左へと歩き始める 「あの、ユーリ。 リタ、まだでしょうか?」 ユーリはごろりと寝返りをうち寝転んだままエステルを見上げる。 「オレに聞かれてもな フレンが気になるなら黙って出て行くか?」 「あ、いえ リタにもちゃんと挨拶しないと・・・・・・」 「なら落ち着けって」 のんびりとした態度の主人と同じようにまったりとカロルの傍に伏せているラピードが欠伸を一つ カロルは針仕事の続きをしているの陰から顔を覗かせて 「ユーリはこの後どうするの?」 「魔核泥棒の黒幕のところに行ってみっかな デデッキってやつも同じところ行ったみたいだし」 「だったら、ノール港まで一直線だね」 「ノール港かー・・・・・・それなら私もついて行くよ 魔核治るのに時間がかかりそうだから、配達物の件で仲間と連絡とりたいし」 “ノール港”という単語に耳覚えの無かったユーリは頭を捻り先ほど遺跡で捕まえた盗賊の言葉を思い出す。 たしか、聞き覚えのある場所の名前は“トリム港”というはず もしかして、先ほどまでに対してちゃんと説明をしていたのにも関わらずカロルは言い間違えたのだろうか その事をユーリが指摘してみると、カロルは得意げに笑った 「ユーリ、知らないんだ」 「知らないって何を?」 「ノールとトリムは二つの大陸に跨った一つの街なんだよ このイリキア大陸にあるのが港の街カプワ・ノール。通称ノール港 お隣のトルビキア大陸には港の街カプワ・トリム。通称トリム港ってね だからまずはノール港なの。途中エフミドの丘があるけど、西に向えばすぐだから」 「おぉー、カロル先生詳しいー!」 パンパンと白手袋をしたままはカロルに拍手をする ギルドに所属しているからこれぐらいの知識はあって当然なのだが、 カロルぐらいの年の頃には地理がさっぱりわからなかったにとってはここまでスラスラと解説をすることが出来ることは感動ものだ 今でこそ大体の土地勘はあるのだが、地図を片手にではないと配達行すらままならない 「わたしはハルルに戻ります。フレンを追わないと」 本来、フレンを追ってここまで来たエステルなので当然と言えば当然の行動だ けれどもハルルにエステル一人で行くのは少々心配するところがある 何か考えがあるのかユーリは伸びを一つしてから 「じゃ、オレも一旦 ハルルの街に戻るかな」 「え?なんで? そんな悠長なこと言ってたら泥棒が逃げちゃうよ!」 「慌てる必要ねぇって。あの男の口ぶりからして、港は黒幕の拠点っぽいし それに、西に行くならハルルの街は通り道だ」 「え〜、でもぉ・・・・・・」 それでも尚、納得がいかないカロルは食い下がってくるがユーリはその考えを曲げる気は無いようだ 「急ぐ用事でもあるのか?好きな子が不治の病で早く戻らないと危ないとか?」 「そんな儚い子ならどんなに・・・・・・」 カロルは自分の知っている人物を思い浮かべるが、どれも儚いという印象とは程遠く 寧ろ彼女らしい荒々しさしか思い浮かばない 肩を落として溜息を着くとちょうどタイミングよくリタが小屋へ帰ってきた ユーリたちを一瞥すると眉を顰めてくつろぎすぎだと指摘をする 小屋の主として当然の反応ではあるのだが、一番くつろいでいるユーリは軽く笑ってから ひょいと体を器用に起こし肩をすくめたユーリの目にはリタを疑うような眼差しは綺麗さっぱり消え去っている 「疑って悪かった」 「軽い謝罪ね ま、いいけど。こっちも収穫あったから」 エステルの隣を通り過ぎ、小屋に置かれた大きな黒板に書かれた紋章とエステルをリタは交互に見比べる 彼女にとっては何か思っていてこその行動なのだろうが 見られている対象であるエステルにとっては不可解な行動に過ぎない 「んじゃ、世話かけたな」 「なに?もう行くの?」 「長居してもなんだし 急ぎの用事もあるんだよ」 「リタ、会えてよかったです。急ぎますのでこれで失礼します」 アスピオの広場で、は後からやってくるユーリたちを振り返った 「私は先にノール港に向って船の手配でもしておくよ 出来るだけ早くトリム港に行きたいし」 「別に構わねぇけど。は騎士団の奴等に会うのが嫌なだけだろ?」 「バレた?」 「ま、船の手配してくれるのは実際ありがたいし 頼んでもいいか?」 「任せといてよ じゃ、皆 また後でねー!」 は大きく手を振りながら、走り去っていく その途中、視界の端に小屋から見送りの為か出てきたリタの姿が見えた けれどもは足を止めずにアスピオの外へと出て行く アスピオから出てすぐに太陽の光がを向かえる 青く澄んだ空を見上げて、は唸った 「服従の陣解いちゃったけど、魔物一号は来てくれるかなぁ」 魔物一号。というのは、先ほどシャイコス遺跡で服従の陣をして服従させたゴーレムの事ではなく 帝国からハルルへ向う途中に一度逃がしてしまった翼を持つ大きな魔物――グリフィンの事だ 服従の陣をしき、服従させれば魔笛を吹く事で何処からでも駆けつけてくる呪が結ばれる けれども、服従の陣を切るとその呪も解かれてしまい魔笛に反応する事はまず無い 魔物一号さえ来てくれれば大海でさえ余裕で越えられる ついでに歩く手間も省けるし、ノール港に立ち寄らずともトリム港まで行く事が出来る まさに一石二鳥 良い事尽くめだ 諦め半分 期待半分でツールポーチから魔笛を取り出したはその笛を吹き長く甲高い音を響かせた 遠くから何かの蹄の音が聞こえる 美しい碧と蒼の長いたてがみを靡かせて金色の角を持ったリブガロと良く似た姿を持つユニセロスがの元へと駆け寄ると、敬愛の意を示すかのように首を下げる 「おぉー魔物二号! そういえば、ヒピオニア大陸からイキリアに連れて来てたんだっけ おひさしー!」 ふかふかした首元に飛びつくとそれを嫌がって魔物二号は後ろに後ずさる 服従の陣を結んでいないにもかかわらず、その魔物はに襲い掛かるような真似はせず 黙って従っている は魔物二号の背に慣れた調子で跨った 「ノール港まで行きたいから、エフミドの丘に向ってくれるかな?」 言葉を理解したのか 魔物二号は背に乗るを落とさぬように気をつけながら自慢の足を使いエフミドの丘へと駆けていった |