第二話 「水道魔導器も水漏れ通り越して止まっちまったみたいだな」 動く機能を停止した噴水を辛辣な表情で見つめるのは下町に住むユーリ・ローウェルという男だ。 軽い足取りで水の流れない噴水の元へと駆け寄り、珍しげに眺めている桃色の髪の少女は下町に似合わぬ高貴な雰囲気をかもし出している。彼女の名前はエステリーゼといった。 ユーリとエステリーゼという雰囲気の似通わない二人が共に話しているのは先ほどのハンクスという老人だ。 水道魔導器の暴走から一晩明け、昨日の騒ぎなど無かったかのようにまだ下町は静かだった。 ふと、ユーリが視線をやった先にいくつもの樽が積み上げられているのを目に留めた。 あんな物は自分がここを離れたときにはなかった。と思い出したユーリは首を傾けてハンクスに尋ねる 指差された先にある樽をみてハンクスは頷く 「水が入っておるんじゃ、この様子ではいつ直るかわからんからの」 「へぇー、用意いいじゃねぇか それにしてもよくあんなに水を溜めておける暇があったな あの勢いじゃ、水抑える作業だけ必死になってやらねぇと下町が湖にでもなるんじゃないかと思ってたぜ」 「おまえさんが行ってから、こいつを抑える為に協力してくれた嬢ちゃんがいての そういや、おまえさんの事を探してると言っておったわ」 「オレを?騎士団以外に探されるような真似した覚えないんだけど ま、モルディオを捕まえに行く前に会っておくか。じいさん、そいつどこにいるんだ?」 「おまえさんの泊まっている宿の隣の部屋だよ」 「そっか、サンキュー」 ユーリは手を軽く振り、エステリーゼに少し用事が出来たので待っていてくれと告げる 水道魔導器を眺めていたエステリーゼは元気に返事をして待つことを承諾する ユーリが下町にある自分の下宿先へ足を向け歩き始めたその時 市民街につながる坂道から大きな呼び声が聞こえた。 聞き覚えのある声に、ユーリは大きく肩を落とし踵を返してエステリーゼの腕を掴んで町の出口へと走る 「悪いじいさん、こういうことだからしばらく留守にするわ ついでにオレを探してる奴に『ハルル』へ向かったって言っておいてくれ」 「やれやれ、いつもいつも騒がしいやつだな」 「年甲斐もなくはしゃいでぽっくり逝くなよ」 「騎士さまだー!」 「騎士さま、噴水が壊れてしまって大変なんですよ!どうにか直してください」 「きゃー騎士さまかっこいいー!」 「待てぇえええ!待たんか、ユーリ・ローウェエエエル!」 「うちの花壇が壊れてしまっているんです」 「ねぇねぇ、騎士さま 僕にも剣持たせてー」 昨日の水道魔導器騒動と同じように騒音が聞こえ、瞼を擦りは少しばかり遅い朝を迎えた。 窓を開け放ち、身支度を整えながら外の様子を見ると一人の騎士の姿が見える。 何かを追っているのか、下町の人々を押しのけながらひたすらに前に進もうとしている。 けれど下町の人々によって埋もれてしまっているので思うように身動きが取れないようだ 「うわぁ・・・公務妨害・・・・・・」 は遠目にその様子を眺めているだけで駆けつけるような真似はしなかった。 というのも、これといって自分の出る幕ではなさそうというのが一点 さらに言うと、その騎士がシュヴァーン隊の者だから大事にはならないだろうと判断をしたからだ 「ギルドのお姉ちゃーん」 窓の下から声がして、視線をそちらに向けてみると 落ち着いた緑色の髪の男の子が両手を大きく振っている。 昨日の騒動のあとユーリという人物について尋ねてみたのだが、誰もどこにいるかわからないという情報しかつかめず ユーリのことだからそのうち戻ってくるから待っていればいい。という声を聞き 下町を助けてくれたせめてものお礼にと、ユーリ・ローウェルが住んでいる隣の空き部屋を厚意だけで貸してもらっていた。 下で手を振っている少年は、この空き部屋を貸してくれた宿屋の子供だ。 「おはよーテッドくん」 「のんきに挨拶してる場合じゃないって! ユーリが帰ってきたんだけど、しばらく留守にするって!」 振り返していた手の動きが思わず止まった。 はすぐさまツールポーチを引っつかむとそのまま窓から飛び降りた。 「ユーリさんはどこに行ったかわかる!?」 「あ・・・え、えっと・・・・・・ハルルっていうところに行くって言ってたよ」 「ハルルね・・・・となるとデイドン砦を抜けて行くルートだね ごめん、すぐにでも追いかけないといけないから私の代わりに皆にお礼言っておいてくれる?」 「わかった。姉ちゃん、気をつけてね」 「ありがとう、今度帝都に来ることがあったら下町にも遊びに行くね」 「うん!」 帝都から出ることが出来たは、大きく伸びをした。 ツールポーチから魔物を呼ぶ為の魔笛を取り出し息を大きく吸い込んでから笛の音を響かせる 澄んだ空に長く高い笛の音が響き渡り しばらくすると、その音に答えるように魔物の声がどこからともなく聞こえてくる 空を優雅に舞う魔物の姿を目に留めは大きく手を振った。 魔物はすぐにの元へと降り立ち、姿勢を屈めてを背に誘う 魔物の翼の付け根に手をかけ、一気に上ろうとしたはふとあることに気がつき手を止める 「あれ?花籠はどうしたの?」 花籠が見当たらず、魔物も素知らぬ振りをしている。 は眉根を下ろして魔物から離れた。 「花籠なしに乗ってたら いつ狩られても文句言えないし・・・・・・ 仕方ないな、もう戻っていいよ。これからはお前の好きに暮らしていいから」 頭を撫でてやると、魔物の鋭い目つきが柔らかくなり寂しそうに小さく鳴いた の元を離れることを躊躇っているのか、魔物はなかなか飛び立とうとはしない。 それからしばらくデイドン砦へ足を進めるの後ろをついて歩いていたが いつまで経っても振り返る様子の無いをみた魔物はついに大空へ飛び立ち すぐにその姿を消した。 その姿を見届けたは右手を振るい光を灯す 「魔導器停止 服従の陣」 空から光が流れ星のように流れ、の右手へと吸い込まれていった。 |