第一話 ハルモネア・ルルリエ・ルーネンスの三種類の花びらが帝都ザーフィアスに舞う 不思議に思った人々は空を見上げると、結界魔導器の結界のその先に大きく滑空する魔物の姿が見える 結界魔導器のお蔭でその魔物が帝都へと降りてくることは無い けれど、どうやらその花びらはその魔物が撒いているらしく、 翼を持つ魔物の首にかけられた籠からヒラリヒラリと舞い落ちてくるその光景を見た者の何人かは デイドン砦の先にあるハルルを思い出しただろう この花びらは合図だった。 手紙を中心とした運送業を展開しているギルド『蒼空の配達』がやって来たという 帝都の上空を魔物の上にまたがり乗っているのは一人の女だった。 手元に取り出した手紙の確認をしているその手には白い手袋が嵌められており ギルドから個々に配られるオリジナルの制服――赤をベースにしてアクセントには白い色が使われている長い袖の上着 その襟元には緑色のリボンが巻かれており、上着と同じように赤を基調とし白いラインの入った丈の短めのスカート――に身を包み茶色の何の柄も入っていないシンプルなロングブーツを履いている。 風に揺られている灰色の髪は赤い帽子の邪魔な位置にならぬように2対に結ばれている 彼女こそ、ギルド『蒼空の配達』の一人 だった は魔物の背に寝転がるようにしていた体をひょいと起こし宛先を確認し終えた手紙をツールポーチへとしまう 白い手袋を嵌めた右手で魔物の背を二度軽く叩いた。 「配達行ってくる。結界魔導器があるから貴方は私が呼ぶまで近くで狩りでもしてて」 「キュウウウウウウン」 甲高い声で魔物は鳴き、花びらに気がつかなかった帝都の人々にも『蒼空の配達』が来たことを知らせる 花びらを舞わせる為の花籠に蓋をしようと手を伸ばしたは花びらが殆ど残っていないことに気がついた。 「ここが終わったら、いったんハルルで補給しないとダメだね」 魔物の背に立ち、は右腕を大きく掲げた その右腕を勢いよく振るうと右手の甲がの瞳の色と同じ橙色の光を放つ 「魔導器起動 翼の陣」 何の躊躇いも無くは魔物の背から飛び降りた 重力にしたがって、の体は地上へとものすごいスピードで引き寄せられる 右手の光はいまだにそこにあり 何の変化も表さない だが、結界魔導器の中へとの体が飛び込んだ瞬間 右手の光は初めて変化を見せた 光がの背へと風に流されるように移動していく 何かの形を作るかのように光は収縮した。 右手の光が全て背へと回ると の背に光の粒子で形どられた妖精のような翅が大きく開いた の意思に同調して動くかのようにその翅は優雅に羽ばたく ツールポーチから取り出した手紙を見、その宛名の人物のいるであろう場所へと向かい 空を飛ぶその姿は身分問わずさまざまな人から感嘆の声を漏らさせる 帝都で届ける手紙は全部で10通と珍しく少ない 楽々とその仕事をこなしていき、『手紙は真心、手紙は思いの塊 どんな事があっても本人の手に渡す』というギルドの心得もしかと守っている 運送という仕事自体は単調で面白みの無いように感じるが、にとっては手紙を受け取る時の人の笑顔を見れるだけで仕事にやりがいを感じていた。 その笑顔の原因がたとえ一風変わったこの配達の仕方にあったとしても、嬉しいことには変わりない 「あと、一通か」 手元に残された一通の手紙 宛名は『ユーリ・ローウェル』となっている 幼さの残る雑な字で一生懸命書かれたであろうその文字に思わず笑顔になる。 市民街から坂道を下った先にあるという下町へと翅を動かす 下町へと降りると、なにやら騒がしい声と共に煩すぎる水音が聞こえる 空の上から眺めてみると、噴水が壊れているらしく まるで間欠泉のように勢いよく噴出し 道は川になってしまっている。 水の勢いを抑えて少しでも被害を無くそうとしているのか、土嚢を使っている けれども、水の勢いが強すぎるので無残にも流されていく 上層部では目にする事が出来なかった一大事に手紙をツールポーチへしまい噴水の傍へと舞い降りた。 空から登場してきたに思わず、土嚢を持っている手やシャベルを持っている手が順に止まっていく 「おまえさん、空からやってきたのかい?」 「ギルド『蒼空の配達』の者です。 お困りのようなので助けに参りました。微力ながらお手伝いします」 「そりゃ助かるわい」 力強く笑みを浮かべてきたのは、作業をしている人で一番年配の眼鏡をかけた老人だった。 名をハンクスといい、噴水の水を止めるための指示を率先して行っている。 左手の手袋をポーチへしまい、土嚢に手をかけるところでは手を止め 必死に作業の続きにかかっているハンクスを呼ぶ 「下町の噴水は修繕すると聞いたのですが、魔導士は来られてないんですか?」 「来たはずなんじゃがな・・・どうも、魔核がないらしい」 「魔核が?」 噴水に近寄り流れる水に目を凝らして見てみると確かに魔核が入りそうな穴がぽっかりと空いている 魔核が無くなり暴走した魔導器を制御する方法は魔核を元に戻すしかない けれどもその魔核がないならばどうしようもなかった。 「ハンクスさん、この噴水の他に飲み水が供給できるところはありますか?」 ハンクスは肩を落として首を横に振る 下町にとって、この噴水は生命線の一つでもある そう言われたようだった。 は視線を足元に流れる水へ落とす。 水の力はまるで水道魔導器が失ってしまった魔核を探すかのように下町中を蠢いているようだった。 「ハンクスさん、私が水の流れを一時期的に弱めます。 その間に飲み水の蓄えをしてください、それが終わってから噴水の水が止まるまで頑張りましょう」 「じゃが、そんなことは・・・・・・」 「一時的なものなら出来ます。危険ですから皆さんにはいったん下がるように指示を」 左手に再び手袋を嵌め、魔核を失った水道魔導器に右手をかざす。 ハンクスの指示によって作業の手を止め、噴水から下町の人が離れるのを確認すると は右手に意識を集中させた。 の意思を汲み取ったのか、右手の甲が先ほどと同じ橙の光を発する 翅を展開した時より大きな光に目を細めそうになるのを必死で押さえながらは呪を唱える 「魔導器展開 抑制の陣」 魔導器特有の魔法陣が噴水を四方から取り巻く 右手の光は消えることなく輝き続け、噴水の水の流れは緩やかになった。 「出来るだけ長く維持します。 今のうちにお願いします!」 |